開け放した扉が舞踏会場に通じるこの部屋には、楽隊の奏でる美しいハーモニーが絶えることなく流れ込み、会場のざわめきが遠く潮騒のように聞こえてくる。

 華やかな舞踏会場から離れて一人物思いに耽りながら、美鈴は夢を見ているような虚ろな瞳で目の前の情景をぼんやりと見るともなく見つめていた。

「……お一人ですか、ご令嬢……」

 不意に、耳元に低い男の声を聴いて、美鈴は驚いて後ろを振り返った。

 心臓がバクバクと激しい音を立て、額にはうっすらと冷や汗さえかいている。

「……! リオネル……ッ!!」

 美鈴の瞳に映ったのは、やや眉を上げ、驚きを含んだ表情を浮かべたリオネルだった。

「すまん、だいぶ驚かせてしまったようだな……」

 ゆったりとした足取りで美鈴の前に回り込みながら、リオネルはバツが悪そうな表情で美鈴に話しかける。

「何か、考え事でもしていたのか……? 引きも切らずパートナーがやってくるような美しい令嬢が、ダンスもせずにこんなところに隠れて」

 椅子に座る美鈴の真正面に立ち、身を屈め、気遣わし気にそう問いかけるリオネルの瞳の色を見て、美鈴は安堵の息を吐いた。

 ――以前だったら

 もし、これがリオネルと円舞曲を踊る前……あるいは、ブールルージュの森の一件よりもっと前の出来事だったなら。

 リオネルに対して、美鈴は皮肉の一つや二つ、投げかけていたかもしれなかった。

 しかし、今は、以前リオネルと相対する度に感じていた「怖れ」に似た感情に飲み込まれることなく、心配そうに覗き込んでくる彼の視線を受け止めることができる。

「なんでもないの。ちょっと気になることがあっただけ。……あなたの方こそ、踊ってこないの?」