「いいえ、一度、お会いしただけで……ほとんど言葉を交わしたこともありません」

「……そう。フェリクスとは、この前、ブールルージュの森で会ったのよね」

 フェリクスの名を口にする際、ほんの少し声を潜めたアリアンヌの青い瞳が壁際のランプの灯りを反射してきらりと光る。

「そうです。本当に偶然お会いして……道迷いしたところを助けていただきました」

 ……なぜ、この女性(ひと)

 彼女の叔母の主催する舞踏会で、名実ともに主役であるはずの公爵令嬢が、こんなところで招待客の一人に過ぎない自分にこうまで熱心に話しかけているのだろう。

 フェリクスとアリアンヌの関係を詳しくは知らない美鈴は事態が飲み込めず、アリアンヌの問いかけに対してなるべく当り障りのない返答を心がけた。

「そう……それは、大変だったこと!」

 アリアンヌは、美鈴からみれば、真実そう思っているとしか思えない、相手を気遣うような(いた)わりをにじませながらそう呟いた。

 隣のアリアンヌがかすかに動くたびに、甘く上品な香水がふんわりとあたりの空気に溶けていく。

 その類まれな容姿と相まって、典雅な物腰、優しく鼻先に香る甘い香水は、同じ女性である美鈴から見ても魅惑的だと思わせるほどにアリアンヌの美しさを引きたてていた。

 アリアンヌの、華奢な腕がすっと伸ばされ、白手袋に包まれた細い指が、美鈴の膝に置かれた両手を柔らかく包み込む。

「……ミレイ様……あなたとはぜひまた、ゆっくりお話ししたいわ」