「……まあまあ、皆さんご静粛(せいしゅく)に。ここにおられるご令嬢は、ルクリュ子爵家のミレイ嬢だ」

 周りに集まった紳士たちが口々に美鈴の名を呟く中、リオネルがそっと美鈴に耳打ちする。

「ミレイ、これから……この舞踏会に参加している男の内、誰と踊ってきてもいい」

 いつになく真剣な表情で、リオネルは慎重に言葉を選びながら美鈴に語りかける。

「だが、最後には、必ず俺のところに戻って来てくれ。……ブールルージュの森の時のように、君を見失うのはこりごりだからな」

 今夜、君が踊っている間、俺は、君から目を離さない ――最後にそう囁いて、美鈴の背に軽く触れると、居並ぶ紳士たちに対して、リオネルは彼女の隣を明け渡した。

「リオネル……」

 美鈴の声を背中に聞いてチラリと彼女を振り返ったリオネルの瞳は、彼が今までに見せたことのない、感情の揺らぎを(たた)えているように見える。

「ミレイ嬢? どうしました?」

「リオネルのことなら、どうかお気になさらず。大方(おおかた)、参加しているご婦人、ご令嬢方へ挨拶に行くのでしょう」

 美鈴を取り巻く男性陣の声音に混じって、背後からリオネルの声もかすかに聞こえてくる。