「アルノー伯爵も生真面目(きまじめ)に見えて、実際は(うつ)り気な方なのかもしれないわよね、なにせ……」

 令嬢たちのさえずりを一気に静めたのは、二、三人の従僕を伴ってこちらへやって来るフォンテーヌ侯爵夫人のシャラシャラと耳に心地よいドレスの衣擦(きぬず)れの音だった。

「しぃっ!……侯爵夫人よ、挨拶にいらっしゃったようだわ」

 アリアンヌが踊っている最中、主催者である侯爵夫人その人は、自ら先ほど第一の間に控えていた貴族たちの間を廻り、招待客たちに今宵の舞踏会への参加の礼を述べていた。

 美鈴のすぐ隣に立つ令嬢とその母親に挨拶を済ませると、侯爵夫人の(つや)やかに光る黒い瞳がリオネルと美鈴の姿を捉えた。

 (ゆる)やかなカーブを描いた唇の口角を上げて、笑顔を浮かべた侯爵夫人がゆっくりと二人に歩み寄る。

「リオネル・ド・バイエ殿……お久しぶりね。そして隣にいらっしゃるのが、ルクリュ子爵のお嬢様……ですわね」

 さきほど見かけた時と同じく、一見優し気に見えて強い光を宿した瞳に見据(みす)えられて、美鈴は夫人に対して跪礼(カーテシー)をしながらこの世界での自らの名を名乗った。

「お初にお目にかかります。……ミレイ・ド・ルクリュです……」