彼は、舞踏会用の盛装である黒の燕尾服(えんびふく)を着用しておらず、リオネルの言う通り、あくまでアルノー伯爵のため、メッセンジャーとしてこの屋敷を訪れた様子だった。

「……さて、俺達も大広間(ホール)に移動しよう。最初の円舞曲(えんぶきょく)は、俺と踊ってくれるか……? ミレイ」

 美鈴の露わな肩にさり気なく手を添えながら、リオネルが美鈴の瞳を捉えて問いかけた。

「えっ……ええ、もちろん……」

 リオネルに半ば気圧(けお)される形で、美鈴はつい、彼の申し出を受けてしまった。

「フフ……この一か月、ダンスの特訓をしていたんだって? 子爵夫人から聞いたんだが」

 美鈴の了承を得て、上機嫌のリオネルは口元を(ほころ)ばせた。

「緊張する必要は一切ない……俺がリードするから、君はただ身体を預けるだけでいい」

 ……身体を預ける?……この、何を考えているのか分からない リオネルに……?

 初舞台となる舞踏会でドレスの裾を(ひるがえ)して華麗にダンスを踊る……。

 パリスイの華やかな社交界を知る女性なら一度は憧れる、その瞬間を前に美鈴の心臓はときめきとは全くかけ離れた不安で高鳴っていた。