……やはり、あの男性(ひと)だ。間違いない。

 きりりと引き締まった横顔、美しい栗色の巻き毛を濃紺のリボンで束ねた青年の姿を数メートル先に見て、美鈴は確信した。

 侯爵夫人邸の第一の間に詰めかけた招待客の中でも、ひときわ背が高く整った容姿と凛とした雰囲気を兼ね備えた青年が、堂々と胸を張って立っている様は嫌でも人目を()くようだった。

 美鈴達の後ろから階上に上がってきた令嬢の中には、彼の姿を見て声を上げる者も少なくなかった。

「お母さま! あの背の高い青年……ジュリアン・ド・ヴァンタールよ! ……でも、おかしいわね、アルノー伯爵の姿が見えないわ」

 美鈴のすぐ後ろに立つ令嬢が、白い首を白鳥のように伸ばしながら、何とか人垣の向こうにいるジュリアンの姿を透かし見ようとしている。

「これ、……はしたない真似は()しなさい」

 令嬢のすぐ隣に立つ母親らしき人物が、まだ年若い令嬢を小声でたしなめた。

「だって……今夜はフォンテーヌ侯爵夫人の舞踏会よ。アルノー伯爵もきっといらしているはずでしょう?」

 ジュリアン・ド・ヴァンタール
 彼の名前が令嬢たちの唇から漏れ、波のさざめきのように広間の中を広がっていく。

 ……しかし、ジュリアンの名前と共にアルノー伯の名まで口々に囁かれているのはどういうことなのだろう。