舞踏会ドレスの端をつまんで、ゆっくりと慎重に馬車を降りてから、美鈴は改めて辺りを見回して、生まれてこのかた、ただの一度も見たことがない光景に目を(みは)った。

 屋敷の前面の外壁がタイル状の白石で覆われた侯爵夫人邸は、正面玄関を中心に両翼のように左右対称に伸びており、その両翼の先端にあたる部分、屋敷全面と背面に四つの塔を備えている。

 二階建ての広大な邸内には、すでに窓辺やバルコニーまで大勢の着飾った招待客達の姿が、室内灯に照らし出されて浮かび上がっていた。

 開け放された窓からは、邸内のざわめき――招待客たちの談笑する声、オーケストラの本番前の音合わせの音色が館の中だけでなく美鈴たちのいる玄関部分にまで響き渡ってくる。

 邸内から聞こえるざわめきの他に、ふと水音が聞こえた気がして美鈴がそっと後ろを振り向くと、半身が魚の少年少女とイルカの彫像を配した噴水が、夜空に向かって高く水を噴き上げていた。

 優雅な所作で招待状を召使いに渡すリオネルを茫然(ぼうぜん)と見つながら、玄関部分に視線を移すと、教科書で見たギリシャの神殿のような美しい柱列と薄いグレーと白の大理石のような石が敷き詰められた広い玄関ホールが目に映った。

 ……おとぎ話みたいだ、まるで……
 いつか絵本で読んだ、あるいは映画でみた舞踏会の華やかなワンシーンが美鈴の頭の中に鮮やかに(よみがえ)ってくる。

 それと同時に、胸の中に(あふ)れる違和感……東京で、会社員として一生を終えるつもりだった自分が、なぜ、こんな場所にいるのだろう……。