……異国……!
 リオネルの言葉に、思わず美鈴は彼の瞳から視線を逸らしてしまった。
 ルクリュ子爵夫妻をはじめ、リオネルに対しても自分が「異世界から来た人間」だということを隠し通している美鈴にとって、それは最も探られてはならない点だった。

「……子爵邸で倒れていた……その前の記憶は……どうしても思い出せなくて」
 目を逸らし、しどろもどろに答える美鈴を、リオネルは片頬に手をあてながら面白そうに眺めている。

「……まあ、俺は君の正体を何としても探ろうなんて気はさらさらない」

 組んでいた長い脚を伸ばしながら、リオネルは座席の上で固く握りしめられた美鈴の片手に自分の手を重ねた。

「大切なのは、もっと「君自身」を知ることだと思っている……。君は、何に対して喜び、悲しみ、怒りを感じるのか……」

 美鈴の片手を大きな手でそっと包み込みながら、リオネルは美鈴の顔を覗き込んだ。

「……わたしが、どこの誰でも……何者でも、あなたは、かまわないというの?」

 馬車が石畳を走る音でかき消えてしまいそうな小声で、恐る恐る尋ねる美鈴に向かって、リオネルは眩しい笑顔で答えた。

「もちろん!……もし君が月から来た女神だというのなら、俺はその真実を受け容れる……ただし」

 美鈴の手をそっと持ち上げ、手の甲に軽くキスを落とすと、彼女の瞳をじっと覗き込みながらリオネルは言った。

「もし、君が自分の正体を思い出して「月に帰る」と言ったとしても、……俺は、君を離さない……帰したくない」