美鈴がリオネルの手を取って、馬車に乗り込んだその時。

 馬車の窓からふと見上げた空の、太陽が沈みきった方角はまだほんのりと薄明りを残していた。
 一方で、その真反対の空……薄青から濃紺のグラデーションの夜の帳が下りた部分は明るく輝く星がいくつか、キラキラと瞬いている。

 ルクリュ子爵夫妻、ジャネットをはじめとしたルクリュ邸の召使いたち一同が見送る中、ルクリュ家の紋章が入った二頭立ての箱型馬車はカラカラと軽やかな音を立てながら、夜の街へと滑りだした。

 馬車の中、満足そうな表情で座席にもたれながら自分を見つめるリオネルの視線を受けて、美鈴はいつも以上に緊張していた。

 手袋のちょっとしたよれを何度も直したり、ドレスの裾を気にしたり、いつも冷静な彼女らしくもない落ち着きの無さだった。

 その原因は、リオネルの視線以上に、彼女が今身に着けている夜会服にあった。

 滑らかなデコルテを強調し、うなじや首、肩や胸元まで露わにする、「女性の美しさを引き出すため」のドレスは、舞踏会用ドレスを着慣れていない美鈴にとって心もとない、露出度の高すぎる装いに思える。

 加えてパリスイの社交界では、昼間の外出時と異なり、夜会向けの盛装では男女ともに基本的に帽子は着用しないことになっている。

 そのため――この世界の紳士淑女から見ればごく自然なことではあるのだが――露わな上半身を隠す手だては一切なく、その姿を衆目に晒すことを余儀なくされる。

 いわば一種のカルチャーショックを今更ながらに感じて、美鈴は戸惑っていたのだった。