この世界に来るまで、男性に手を握られたことすらなかった……そんな自分が、果たして結婚などできるのだろうか……。

 (うつむ)いて膝の上に置いた両手をじっと見つめてから、美鈴はぎゅっと両の(こぶし)を握りしめた。

 ……今夜、舞踏会に参加するのは、自分の意志で決めたこと。もう、後に退くことはできない。

 美鈴は顔を上げると、立ち上がってもう一度窓辺から朝の空を見上げた。

 青い空の端、見事なグラデーションを構成している一部の色に、ふと既視感(きしかん)を覚えて美鈴は首を傾げた。

 ほんのわずかにグレーがかった、どこまでも透明なブルー……アイスブルーの空の色を見て、美鈴はすぐにあの瞳……フェリクス・ド・アルノーの美しい瞳を思い出した。

 あの日、偶然に森で出会い助けられた後、美鈴がルクリュ子爵夫人にごく簡略(かんりゃく)に事の次第を説明して彼について尋ねた時、「アルノー」という家名を聞いた夫人は驚きのあまり口許を手で押さえたまま、目を丸くしてしばし沈黙していた。

 アルノー伯爵家は古い歴史をもつ名門貴族としてフランツ王国 パリスイで知らぬ者はいないほど有名な一族だった。