そんな風に内心無我夢中で過ごした日々ではあったけれど、美鈴にとって貴族令嬢としての日常は、元いた世界……東京の目まぐるしい社会人生活とは較べものにならないほど、静かで穏やかな生活だった。

 美鈴がこれまでこの世界で絶望に打ちひしがれることなく生きてこられたのは、ひとえに、見ず知らずの美鈴に居場所を与え、実の娘のように何くれと無く世話をしてくれたルクリュ子爵夫妻の慈愛の心があったればこそだった。

 心細さから固く閉じていた美鈴の心は徐々に開いていき、ついには彼らの勧めるままにルクリュ子爵家の「養女」として、今夜フォンテーヌ侯爵夫人邸で行われる舞踏会で公式に社交界デビューをすることを承諾した。

 元の世界に戻ること、東京で自分が築いてきたキャリアを、まだ完全に諦めきることができない美鈴ではあったが、この世界で生きていくため、そして何よりもルクリュ子爵夫妻のためにも、社交界にデビューし結婚相手となる男性を見つけなければならない。

 美鈴のこれまでの人生――東京で過ごした日々は、ひたすら自分の居場所を見つけ、確保するための戦いの日々だった。

 学生時代は同級生が恋話に花を咲かせているのに見向きもせず、難関大学合格を目指して良い成績をとるためひたすら努力を重ねた。

 卒業後は、大手外資系企業に入社し、そこでも「ずっと必要とされる」社員でい続けるため、働きながらも常に持てるスキルをアップデートし続けてきた。

 ……絵にかいたような、キャリア志向、恋愛経験皆無の自分が、いまさら「婚活」なんて……。