馬車がやって来たところで、リオネルは御者に馬車を転回させ、美鈴が座席に座るのを助けた。

 美鈴の世界でいうところの北半球の高緯度の地域に位置するフランツ王国の夏は、日の出は早く、暮れるのは遅い。

 いつの間にか止んでしまった、お天気雨を降らせた雲がまばらに上空に残っており、その雲の隙間からは晴れ間がのぞいている。

 雨上がりのスッキリとした空気の中、馬車はルクリュ子爵邸へ向かい走り出した。

 いつも饒舌な彼には珍しく何かを考える風に黙り込んでいるリオネルを、美鈴は横からそっと見つめていた。

 ガラガラと車輪が石畳の上で回転する音が、やけに大きく感じられる。

 ふと、美鈴の視線に気づいて、リオネルが美鈴の方に顔を向けた。

 次の瞬間彼が美鈴に見せた笑顔は、いつもの彼らしい人好きのする、やんちゃ坊主のようなそれだった。

「……それにしてもよかった。君が出会ったのが「狼」じゃなく、「子羊」で」

「フェリクス……いえ、アルノー伯爵が、「子羊」? どういう意味なの?」

 リオネルの意図をはかりかねて、美鈴は尋ねた。

「いや、隣国の童話にこんな話がある。深い森に分け入ってしまった純粋で美しい少女が悪知恵の働く狼に騙されて食べられてしまう……そんな筋書きだったかな」

 狼、と聞いて美鈴の頭に先ず浮かんだのは、あの不気味な黒髪の青年の顔だった。

 あの青年に比べたら、フェリクスの態度、物腰は「本物の紳士」という以外に表現しようがないと美鈴は思う。

「子羊……という表現があっているのかわからないけれど、アルノー伯爵は紳士だったわ」

「フフ、そうだな……フェリクス・ド・アルノーならそうに違いない」

 恐らく直接的な付き合いはないものの、社交界を通じてフェリクスについていくらかの情報を得ているらしいリオネルは、美鈴の言葉に素直に頷いた。