よく躾けられた犬らしく、さきほどドルンと呼ばれていたその犬は、きちんと座った姿勢を保ちながらも、フェリクスに背を撫でられて満足そうに耳を寝かせ、目を細めている。

「いいえ!そんなことは、まったく……」

 自分の方こそ、フェリクスを前にただ見つめるだけで挨拶すらしていなかったことに気づき、美鈴は慌てた。

「……わたくしは、ルクリュ子爵家のミレイと申します」

 「この世界」での自分の名を名乗りながら、美鈴がドレスの端をつまんで右足を軽く後ろに引き、左足でバランスをとろうとしたその時、森をかけ通しだった足に痛みが走り、身体を支えきれず足元がふらついてしまった。

「……危ない!」

 咄嗟に、フェリクスが倒れかけた美鈴の身体を支え、その胸に抱きとめた。
 
フェリクスの胸に顔をうずめ、身体がピタリと密着している状態に、美鈴の頬が真っ赤に染まる。

「……す、すみません。あ、足が……」

 もつれて…と最後まで言い切ることができないほど、美鈴はフェリクスの腕の中で緊張していた。

 一方、至近距離で美鈴の顔を見たフェリクスは、その頬にうっすらと涙の跡があることに気づいた。

「……もしかして、足に怪我を……?」

 フェリクスは美鈴のただならぬ様子に気づき、そっと問いかけた。

「……いいえ……たいした、ことは……」

 そう言って、足の痛みに耐えながら、なんとか体勢を立て直そうとした美鈴の肩をフェリクスは両手で優しく支えた。

「どうか、ご無理をなさらないでください」