周囲に視線を走らせても、助けを求められそうな人物は見当たらない。

 ……ここは、わたし一人でなんとかしなきゃ!

 心細さからか、思わずリオネルの顔を思い浮かべながら、美鈴がもう一度男の手を振りほどこうと精いっぱい腕を引いた瞬間、不意にすぐ傍の小路から別の男の影が現れた。

 細身の男とは対照的に小路から現れたその青年は、リオネルほどではないものの、鍛えられ引き締まった肉体に栗色の柔らかな巻き毛を後ろで束ね、見るからに上等な衣服に身を包んでいる。

 さきほどから二人のやり取りを小路の茂みに隠れて観察していたらしいその青年は、美鈴と男の間に割って入り、男らしい大きな手で黒服の男の腕をつかんだ。

「君、嫌がるご婦人をムリヤリ引き留めるなど、無礼にもほどがあるぞ。すぐに、その手を離したまえ」

 男の腕を捉えた手に力をこめながら、栗色の髪の青年は男を一喝した。

「……うぐッ……!」

 腕をギリギリと締め付けられて、男は美鈴の手を咄嗟に離したが、同時に憎しみの炎が揺らめく瞳を青年に向けた。

「ここは、私に任せて……。さあ、お行きなさい」

 男の気色ばんだ様子に怯むことなく、濃い琥珀色(アンバー)の瞳で男の目を見返し、なおも男の手を片手で締め上げたまま、青年は美鈴に囁いた。

「あ……!ありがとうございます」

 美鈴は青年に軽く会釈すると、ドレスの裾を両手で掴んで元来た道を走り出した。