「あ、ありがとう……」

 リオネルの手に触れ、以前から知っていたその温もりを指先に感じたその瞬間、何とも言えない恥ずかしさのような、今までに感じたことのない気持ちが胸に灯った気がして美鈴はほんのりと頬を赤らめた。

 一方のリオネルは手慣れた無駄のない所作で美鈴が馬車から降りるのを助けると、二人は貴族の淑女と紳士の作法で、腕を組んで並木道を歩き出した。

 まだ熱の冷めない頬を、目深に被った帽子と身長差のお蔭でリオネルから隠せたことに美鈴は心の底から安堵していた。

 王家の公共事業として、職人により種々の木々が植樹された、よく手入れの行き届いた並木道を二人はゆっくりと歩いていく。

 午後の光が木々の枝に遮られて木漏れ日になって降り注ぐ様は、緑の少ない東京で暮らしていた美鈴には素晴らしく美しいものに感じられた。

 初夏の若葉特有の爽やかな香りを胸いっぱいに吸うと、先々の不安と心細さでささくれだっていた心が癒されていくようだった。

 いつもは饒舌なリオネルが、並木道に入ってからは珍しく黙りこくったまま、美鈴の歩調に合わせてゆっくりと歩を進めている。

 さきほどの馬車での会話といい、普段とは異なるリオネルの振る舞いに、美鈴は少しの困惑と不思議な心地よさを感じはじめていた。

 二人が並木道を進むにつれ、同じように午後の散歩に出かけて来た紳士淑女の姿がぽつりぽつりと見え始めた。

 その中に、こちらに向かって控えめに、しかし熱い視線を送る令嬢の姿を認めて、美鈴はふと足を止めた。それにつられてリオネルも美鈴の視線の先に顔をむける。

「……やっぱり!リオネル様よ、お母さま」

「ごきげんよう、先日のサロン以来ですわね」

 袖にレースがあしらわれた薄いピンクの花のように可憐なデイドレスに身を包んだ年若い令嬢と、その母親らしき夫人がリオネルを呼び止めた。

「やあ、これはこれは……!エマール男爵夫人、ネリー嬢もご一緒で……」

 親しい間柄らしく、リオネルは笑顔で親子に応える。

 栗色の長い髪が美しい娘のネリー嬢は、白い頬をバラ色に染めて、輝く熱っぽい視線をリオネルに向けている。