そんな美鈴の素気ない態度に気を悪くした様子もなく、口元に軽く笑みを浮かべたリオネルの、ヘーゼルの瞳は温かさを湛えて美鈴を見つめている。

 この屋敷に滞在するようになってから、リオネルとは何度も顔を合わせてはいるものの、ふとした瞬間彼と目が合うとき、美鈴の心は不思議に波立ってしまうのだった。

 その理由は、誰よりも美鈴が一番よくわかっていた。……美鈴がこの世界に飛ばされた直後、混乱と困惑の中、霞がかった記憶の中で唯一ハッキリと思い出せるのは、リオネルの瞳とその手の温もりだけだったからだ。

「叔母上、実は今日は「ちょっとしたお願い」があって参ったのです」

 さも、ふと思い出したようにリオネルがルクリュ子爵夫人に視線を向ける。

「突然ですが今日これから、ご令嬢の時間を一時頂けないでしょうか?……気晴らしにブールルージュの森にお連れしたいと思って」

 リオネルの突然の提案に、思わず美鈴は美しい紅茶のカップを取り落としそうになった。

 ……わたしが?リオネルと?なぜ、森なんかに……

 美鈴が慎重に言葉を挟もうとした瞬間、子爵夫人が楽し気な声でリオネルに答えた。

「いいわね。ぜひ、行ってらっしゃいな。こんな素敵なお天気なのだもの。この季節、森も新緑できっと美しいことよ!」

 そうと決まれば……と子爵夫人は森へ出かける身支度をさせるため、美鈴を促して立ち上がらせる。

 ……何でっ、こんなことに……!

 思わぬ展開に頭を抱えたい気分だった。
 あまりに突然の申し出にリオネルの誘いを断る適当な理由がとっさに見つけられず、あれよあれよという間に、ルクリュ子爵夫人の指示で、召使いによって外出用のドレスに着替えさせられてしまう。

 飾り襟がポイントの爽やかなブルーグレイの外出着にリボンとレースをあしらったラベンダー色の帽子を着けた美鈴が身繕いのための化粧部屋を出ると、外で待機していたリオネルが待ちかねたように手を差し伸べてくる。

「さあ、ご令嬢、参りましょうか、新緑の森へ」

 恐る恐る差し出された美鈴の手を取ったリオネルの表情は、以前に一度見せたことのある、いたずらっ子の少年のそれだった。