美鈴が巫女に向けた視線が宙をさ迷った。

「……いない?」

 ついさきほどまでそこにいたはずの巫女の姿がどこにも見当たらない。

 記憶が戻って我に返るまでの間はほんの一瞬だったはずだ。

 美鈴はもう一度、注意深く周囲を見回した。

 神殿の中心部に位置する広い空間には美鈴のほかに人影は見当たらない……。

 女神のレリーフが彫り込まれた祭壇の上の壁面に目を遣った美鈴はあっと息をのんだ。

 ――先ほどここに着いた時には気づかなかった。女神の像の瞳に淡いグリーンのヒスイがはめ込まれている。

 ……もしかして、あの巫女は……!

 美鈴が神像に目を奪われていると回廊のあたりから誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。

「……ジャネット?」

 聞きなれたその声は確かに美鈴の名を呼んでいた。

 何とも言えない不思議な心持のまま、女神像に一礼をすると、美鈴は祭壇の前を離れた。

 ドレスの裾をつまみ、広間を通り抜けて回廊へ……ちょうど回廊を半分ほど戻ったところでこちらへ向かってきたジャネットと会うことができた。

「ミレイ様!」

 ジャネットは一瞬安堵したような表情を見せた後、急いで美鈴の元に走り寄った。

「外でアリアンヌ侯爵令嬢様がお待ちです。ミレイ様に急用があるそうで……」

「アリアンヌ様が?」

 ジャネットと二人急いで神殿の入り口まで戻ると、侯爵家の馬車が神殿の前に横付けされていた。

 美鈴たちが神殿から出てくるのを見計らったように、アリアンヌが従者に馬車の扉を開けさせ、軽やかに地面に降り立った。

「ミレイ様……お茶会以来ね」

 そう言ってかすかに微笑んで見せたアリアンヌだが、いつもの花のような笑顔ではない。

 泣きはらしたような瞳の縁は赤く、顔色は紙のように白く生気がなかった。

「アリアンヌ様……わたくしに急用とは?」

 アリアンヌの顔を間近に見て美鈴ははっとした。

 大きな青い瞳に今にもこぼれそうなほどの涙を湛えてアリアンヌは美鈴を見つめていた。

「……お願い、ミレイ様」

 ついに白い頬を大粒の涙がこぼれ落ちた。

「わたくしと、フェリクスのところに来てちょうだい。……あなたでなければダメなの」

 嫌な予感に美鈴の胸の鼓動が早まる。

「フェリクス様の……ご容体は……?」

 本当は聞くのが怖い。自分で分かるくらい声が震えていた。

「手当は、終わっているわ。でも、意識が戻らなくて――。どうしたらいいか」

 アリアンヌは美鈴の手を取り、懇願するように美鈴の瞳を見つめた。

「お願いです。わたくしと一緒にフェリクスのところに来て……! 彼もきっとあなたを待っているわ」