……身体が……重い。

 とてつもない倦怠感に襲われながら美鈴は瞳をうっすらと瞳を開いた。

 真っ暗な部屋の中、ランプの灯りだろうか? 美鈴が見上げている天井にチラチラと瞬く光が映っている。

 見上げているのがルクリュ子爵家の見慣れた天井ではないことに気づくのに、それほど時間はかからなかった。

 ――そうだ……! わたし、劇場で……。

 あの、黒髪の男に……!

「くっ……」

 身体全体が鉛のように重く、半身を起こすだけでもいつもの倍は力がいる。

 それでも、薬を嗅がされた直後よりは手足の感覚はだいぶ戻ってきているようだった。

 ……ここは? どこなの。

 美鈴が横たわっていたのはベッドの上だった。

 鎧戸が閉められたままの窓が一つ。ベッドのほかはランプが置かれた小さなサイドテーブルだけの殺風景な部屋だ。

 男の姿は部屋の中にはない――。

 隣の部屋に通じているのであろう、部屋の入り口は一つだけだ。

 その扉の向こうにあの男がいるのだろうか……。

 ベッドから降りようと床に向かって伸ばした足に何か固いものが触れた。

「……本?」

 いかめしい表紙のぶ厚い本――『判例』というタイトルから法律関係の書籍だということがうかがえた。

 ……コトン

 隣の部屋からだろうか、シンと静かな部屋の中で突然聞こえてきた物音に美鈴はビクリと肩を震わせた。

 ……この部屋に、入ってくる? あの男が……。

 この部屋には他に武器になるようなものはない。仕方なく床の本を掴み、美鈴は入り口の扉の脇に身を隠した。

 コツコツと扉に近づいてくる足音が一つ……。

 ドクドクドクと早鐘のように美鈴の心臓が音を立てる。

 キイっという軋みと共にドアが開いたその瞬間、黒髪の男の横顔に向けて手に持った本を振り上げた美鈴と男の目が合った。

 ……気づかれた!?

 勢いにまかせて本を振り下ろした美鈴だったが、慌てて身を引いた男にはかすりもしない。

「きゃあっ!」

 床に倒れこんだ美鈴の腕を、男は後ろからひねり上げた。

「……とんでもないお転婆だな! 本当に貴族の令嬢なのか?」

 吐き捨てるようにそう言うと男は美鈴の腕を捉えたまま、半ば引きずるようにしてベッドまで彼女を連れていった。

 力づくで美鈴をベッドの上に押し倒し、身体の上に跨ったまま、男は恐怖に見開かれた美鈴の顔をじっくりと眺めている。

 深い闇を湛えた男の瞳に見据えられると凶暴な獣と目が合ったかのようにこみあげてきた恐怖で身体が動かなくなった。

「あなたが『無事に』帰れるかどうかは、私の心次第だ。……よく覚えておくといい」