バラート
 セーロン
 そしてシーナ……

 カードには紅茶の産地として有名な三つの国名が飾り文字で描かれている。

 イグランド等の交易国を通して世界的な紅茶の産地から取り寄せられた最高級の茶葉。

 専門商社を通して取り扱われる紅茶の流通量はパリスイでもまだ少ない。

 したがって、午後の紅茶を嗜むことができ、ましてや各産地の銘柄について語れるだけの財力を持った貴族はほんの一握りだった。

 ルクリュ家では子爵夫人ロズリーヌが紅茶の愛好家であることから、しばしば邸宅でティータイムを楽しむことはあった。

 しかし、上級貴族が手に入れるような最高級の銘柄、最も良い時期に収穫された希少な茶葉となればなかなか手に入れることは難しい。

 紅茶は、収穫する季節や標高などの条件によって驚くほどその品質――色や香りに違いが出る。

 ここにいる令嬢、ましてやゲームに挑む令嬢たちは恐らくそうそうたる家柄の出身に違いない。

 日常的に紅茶を嗜んでいる彼女たちを相手に、果たして勝負になるだろうか……。

 一瞬、目の前が暗くなりかけた美鈴だったが、一つ深呼吸をしてから顔を上げて前を向いた。

 ――落ち着きを無くしている場合じゃないわ。

 視線の先にいるアリアンヌを美鈴はじっと見つめた。

 こんなことで――こんなつまらないことで、自分を助けてくれたルクリュ家の子爵夫妻に迷惑をかけたくはなかった。

 何としてでもこの場を切り抜けて、アリアンヌの疑いを晴らさなくては――。

 元の世界で紅茶愛好家であった美鈴はこちらに来てからもいくつか紅茶の文献を読んだり、実際に味わった紅茶について調べてみたりもしていた。

 この異世界は元の世界との共通点も多い――まるで、歴史上のほんの少しのきっかけで枝分かれをした並行世界のように。

 付け焼刃だけれど、この世界の知識と元の世界の知識を総動員すれば、何とか道は開けるはず……。

 ――見ていなさい。

 美鈴は思った。

 ――東京の紅茶店は残らず回ったわたしよ。……負ける気がしないわ。

 美鈴は覚悟を決めた。


 白い、小さな取っ手のないシンプルな陶磁器にはほんの少量、一口にも満たないような量の紅茶が注がれている。

 まず、香りを確かめてから、ゆっくりと少量の紅茶を口に含む。

 ややオレンジがかった黄金色の紅茶は、すっきりとした味わいで紅茶というよりも緑茶にやや近い。

 ――若い味わい……。元の世界では確かヌワラエリヤといったかしら。標高の高い地域でとれる種類だったはず――。

 元の世界で味わった紅茶の情報と本で学んだこの世界の紅茶産地の情報を照らし合わせて、冷静に判断していく。

 一杯目、二杯目、そして最後の三杯目を飲み終えて、カードを陶磁器の目の前にピタリと置く。

 カードを置く手の動きに一切の迷いはない。事実、その判断のスピードは隣のテーブルのルイーズよりも早かった。

 意外な展開に見守る令嬢たちからもざわめきが漏れる。

「あら……あんなにも早く!?」

「苦し紛れの当てずっぽうではなくて?」

「でも、ルイーズ様はまだ迷っていらっしゃるわよ?」

 取り巻く令嬢たちのざわめきには耳もかさず、背筋を伸ばして美鈴はテーブルの向こうのアリアンヌの瞳をまっすぐに見すえた。

 アリアンヌも冷然と美鈴の瞳を見返している。

 数分後、やっとルイーズがカードを並べ終わった。それを見計らって、菫色の瞳の令嬢が二つのテーブルの間に立った。

「……それでは、お二人の答えを確認します――。」