その広い客間に入った途端、美鈴は目の前に幾万本の花束をつきつけられたように感じた。

 むせかえるような花の香り――令嬢たちの香水の香りか、大きな花瓶に生けられた生花か、いずれにしても複雑で重く甘ったるい香りでその部屋は満ちていた。

 外側はテラスになっている天井近くまで高さがある大きな窓から光が差し込んでいる。

 その窓にかかるバラ色のカーテン、金細工の装飾がほどこされた丸テーブル、豪華な張りの椅子はいかにも侯爵令嬢のサロンに相応しい設えだった。

 ドアが開いた瞬間、小鳥のさえずりのようなおしゃべりはたちどころに止んで、装いをこらした十数名の令嬢たちの視線がサロンに一歩足を踏み入れたばかりの美鈴に矢のように飛んでくる。

 美鈴がカーテシーをして進み出ると、部屋の中央、明るい窓を背にして座っていた、深い赤みのエンジ色のドレスに身を包んだアリアンヌが優雅な所作で立ち上がった。

「――お待ちしておりましたわ、ミレイ様」

 ストロベリーブロンドの髪がふんわりと揺れ、空色の瞳がすうっと細められる。

「わたくしのサロンにようこそ――どうぞ今日は楽しんでいらしてね」

 アリアンヌが左右に目配せすると、居並ぶ令嬢たちが一斉に立ち上がり、美鈴に対して軽く礼をした。

 招待されている令嬢たちはパリスイの貴族社会でも指折りの上級貴族の娘ばかりだろうに、視線一つで動かすアリアンヌはよほど彼女達の尊敬を得ているのだろう。

「アリアンヌ様、この度は……このような華やかな会にご招待をいただき、誠にありがとうございます」

 改めて、アリアンヌに礼を述べると、彼女はぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「わたくしのほうこそ、ミレイ様に来ていただけて嬉しいわ。……あなたのことをよく知りたいとずっと以前から思っていましたのよ」

 部屋の奥、自ら隣の椅子に、美鈴を誘いながらアリアンヌは言った。

「……ここにいるのは、わたくしの親しいお友達ばかりです。皆さま良い家柄のご令嬢たちよ」

 アリアンヌが周囲をぐるりと見回すと、令嬢たちは彼女に答えるように微笑みを浮かべて頷いて見せる。

「お会いできて嬉しいですわ、フォンテーヌ侯爵夫人の舞踏会以来、ミレイ様のことは社交界でも噂になっておりますわよ」

 アリアンヌのすぐ脇に立っているオレンジに近い金髪の巻き毛がどこか幼い印象の令嬢がはしゃいだように声を上げた。

「今まで社交界でお見かけしたこともないような方がいらっしゃるなんて珍しいこと――と」

 菫色の瞳の、しとやかそうな黒髪の令嬢がそう続けてから扇子で軽く口許を覆った。

「今までこんな美しい方が、一体どこに隠れていたのかと――。どんな方だろうと、わたくしたちも興味津々でお待ちしていましたのよ」

 そう言って美鈴の前に進み出たのは金髪の、勝気そうなやや切れ上がった目じりの令嬢だった。

「さ、こちらにお座りになって」

 改めて、アリアンヌの隣の席を美鈴にすすめながら、金髪の令嬢はにっこりと笑った。

「――ミレイ様に楽しんでいただけるように、今日のサロンの余興にはとっておきの趣向を凝らしておりますのよ」

「――余興、ですか」

 サロン自体、初めて参加する美鈴には彼女の言う「余興」が一体何を指すのか――単なるゲームのようなものなのか見当もつかない。

「さっそくよろしいかしら? アリアンヌ様」

 令嬢が送った意味ありげな視線を受けてアリアンヌは優雅に頷いた。