「……結婚?」

「そうだ」

「……わたしが、あなたと?」

「……ほかに好きな男がいるなら別だが」

 テーブルに片手をつきながら、グイと上半身を傾けてリオネルは困惑する美鈴を面白そうに見つめている。

「か……からかってるの?」

 愉し気に細められたリオネルの瞳から目を逸らしながら、美鈴は言った。

 いつも、どこまで本気か分からない。

 飄々としてつかみどころがない。それでいて――時にハッとするような真剣な瞳で自分を見つめてくる。

 そんなリオネルがまさか本気で「結婚しよう」などと言っているとは到底信じられない。

 フワリと、リオネルの片手が宙を舞い、美鈴の頬を大きな手が覆った。

「……からかってなんかない」

 言いながら、リオネルの長い指が繊細な動きで美鈴の頬をなぞったあと、こわれものを扱うようにやさしく顎を持ち上げる。

「俺は、いつでも、本気だ。――君の前では」

 美鈴の目の前で形の良い唇がスローモーションのようにゆっくりと動いて、低く甘い声音が耳に響いた。

 唇が触れ合うくらいの際どい距離でそれだけ言うと、リオネルは身体を起こしてニンマリと笑って見せた。



 ゆったりと時間の流れる静かな田舎にいたせいか、ヴァカンスからパリスイに戻ってからはあっという間に日が過ぎていくような気がする。

 このところパリスイ貴族社会は秋の初めに催される宮廷劇場での歌劇の話題でもちきりだった。

 国王はもとより王国のそうそうたる貴族たちの出資により、年に一度行われる宮廷主催の歌劇には、貴族階級ではあっても招待を受けた限られたものだけしか観覧することはできない。

 特に今年はリタリアから有名な楽団を招いて例年にない華やかな舞台になる予定だという噂があり、大貴族から発せられる招待状の行方はいつも以上に人々の注目の的になっている。

 美鈴の元にも、フェリクスからそうそうに伯爵家の印が押された封蝋で閉じられた美しい招待状が届いていた。

 オペラ座に行くにも、貴族の娘たるもの、様々な用意が必要だった。

 舞踏会以上にオペラグラスを通した視線の的になる観劇では、列席する人々の目を奪うような艶やかな装いで臨むのが貴族の令嬢にとって最重要課題なのだった。

 リオネルの協力を得ながら、デザインを決め、仮縫いを繰り返し……。

 社交界に顔を出しながらドレスの準備と、忙しい日々を過ごしていた頃、もう一通の招待状が美鈴の元に届いた。

「アリアンヌ様から……?」

 意外な人物からの手紙に、美鈴は首を傾げた。

 手紙は、彼女のサロンへの招待状――。

 美しい筆跡で綴られた手紙には、侯爵家が所有する別邸で開かれるサロンへ、ぜひ一度遊びに来てほしいという旨がしたためられていた。

 彼女とはフォンテーヌ侯爵夫人の舞踏会以来、顔をあわせていなかったけれど、社交界の中心ともいえる彼女の話題はいつも人々の口の端に上っていた。

 その中には、アルノー伯爵家……フェリクスとの婚約についての噂もあったけれど、ほとんどが確証もないような話ばかりで未だに婚約の話が結局どうなったのか不明なままだった。

 侯爵令嬢から招待を受けて断るわけにはいかない――ましてや、都合二度ほど顔を合わせ、直に言葉もかけられているのだからなおさらだ。

 むろん、令嬢のサロンに招待を受けるなどということは美鈴にとってはこれが初めてだった。

 ――大貴族の令嬢の開くサロンだもの。いわゆる「女子会」の豪華版のようなものかしら……。

 午後のひと時、美しく着飾った令嬢たちとの他愛無い世間話にお菓子と紅茶。

 侯爵令嬢からの招待についてそれ以上にあれこれ考える間もなく、目まぐるしく日々は過ぎていき――あっという間に侯爵令嬢のサロンを訪ねる日はやってきた。