「リオネル……?」

 ……なぜ、あなたがここに? 

 外国に旅に出ると、ひと月は戻らないと言って旅立った彼が目の前にいることが美鈴にはにわかには信じられなかった。

 まだ、半身が毛布に包まれたままの美鈴の元にリオネルはずかずかと歩み寄った。

「ミレイ……」

 ゆっくりと床に跪き、美鈴の瞳を覗き込むようにじっと見つめた後、強引に彼女を広い胸に抱き寄せた。

「なっ……! 何を……」

 挨拶もなしに、力強い腕にいきなり抱きすくめられて美鈴は困惑した。

「……本当はパリスイに帰る予定だったんだが……気が変わった。一日も早く、君の顔が見たくなってな」

 腕の中でもがく美鈴をいともたやすく抑え込んだリオネルが声をひそめて美鈴の耳元に囁く。

「やっとのことでルクリュ家の屋敷についてみれば、君がいない。……ここに来るまでどれだけ気を揉んだか」

 リオネルの熱い吐息が首筋にかかり、ますます身体は彼の手の内に引き寄せられていく。

「リオネル……落ち着いてっ……!」

 言いかけて、美鈴ははっと息を呑んだ。

「ミレイ殿……?」

 リオネルの肩越しにフェリクスと目があった。

 小屋の外でジュリアンと会話していたフェリクスが今まさに戸口に姿をみせたところだった。

「……!」

 フェリクスの白い頬にさっと赤みがさした。

「さあ、屋敷に戻るぞ」

 背後のフェリクスの視線を意識してのことだろう。リオネルが見せつけるように美鈴の耳元に唇を寄せて囁いた。

 そのまま、軽々と美鈴を抱き上げると小屋の入り口で茫然としているフェリクスの目の前までゆったりと進み出る。

「……では、失礼いたします。アルノー伯爵殿」

 ……どう見ても友好的とは言いがたい、鋭い眼差しをフェリクスに向けながらリオネルは小屋を後にして自らの乗ってきた馬に向かっていく。

 フェリクスの後に続いて小屋の入り口まで来ていたジュリアンがあっけにとられたような顔でその様子を見つめている。

 リオネルはここまで乗ってきた大柄な青毛の馬に先ず美鈴を乗せて、抱きかかえるように自分は後ろに座った。

「……ミレイ嬢の馬は後から引き取りに来ます」

 馬上からそう告げるリオネルに、ジュリアンが慌てて答えた。

「いや、バイエ殿。それには及ばない。あとから子爵家から人をやって届けさせよう」

「そうしていただければありがたい。では……失礼!」

 そう言うが早いか、手綱を取ったリオネルは馬首をめぐらせてから馬の腹を蹴って勢いよく林道を駆け始める。

 身をよじって馬上から後ろを振り返った美鈴の視線が、ジュリアンの隣に立つフェリクスのそれと交わった。

 冬空のような澄んだブルーの瞳が瞬きもせずにじっとこちらを見つめていた。

「……!」

 せめて、一言。別れ際に何か言葉を交わしたい。

 そう思ったのも束の間、リオネルの駆る馬はどんどんスピードを増して、林道をひた走った。

 狩猟小屋が、フェリクスが、あっという間に遠くなっていく。

「危ないぞ。ちゃんと前を向いていてくれ」

 リオネルは美鈴にそう言ったけれど、彼女の体は後ろから手綱をとるリオネルにしっかりと捉えられている。

「……いくらなんでも、飛ばし過ぎよ。乱暴なんだから……」

 姿勢を正して前を向く直前、美鈴はリオネルをきっと軽く睨んで苦情をいった。

 そのままプイと前を向いてしまった美鈴は知る由もないが、そのセリフを言われた瞬間、リオネルは少し驚いたように目を瞠った。

「……悪かった。少しでも早く君を屋敷に連れ帰りたいと思ってな」

 徐々にスピードを緩めながら、リオネルは美鈴をもう一度、強く抱きしめた。