きっかり、午後の二時。

「ミレイ様、今日もいらっしゃいましたよ!」

ジャネットが楽しそうに――ほんの少しだけ、はやし立てるような浮ついた調子で美鈴にフェリクスの来訪を告げた。

あの花まつりの日から今日で5日目。

あれから毎日フェリクスは律儀に美鈴の元を訪ねてきた。

彼がルクリュ家に現れるのは午後の二時。

ちょうど美鈴が昼食を終えた頃に見計らったように彼は屋敷に現れる。

ごきげんよう、とあいさつした後は、二人で連れ立って屋敷の周辺をゆったりと散歩する。

背の高い糸杉の並木を抜け、縁が鮮やかなピンク色で細い羽毛のような花弁の花が咲く小川沿いを歩く。

ゆっくりと歩いて約一時間半ほどの散歩コースを歩き終わると、ジャネットが用意した紅茶を二人で飲む。

背筋を伸ばし、亜麻色の髪をなびかせて隣を歩くフェリクスを見ていると絵本の中の「王子様」がそのまま抜け出て来たように思える。

キラキラと光を受けて輝く髪が天使の輪を作り、美鈴と目が合うたびにこそばゆいような、はにかんだ笑顔で微笑む様は思わず見とれてしまうほどだった。

午後を一緒に過ごすようになって数日、はじめはぎこちなかった二人の会話も少しずつはずむようになってきた。

例えば、今読んでいる本。

二人の共通の知り合いであるジュリアンのこと、パリスイで留守番をしている犬のドルンのこと。

子供時代に別荘地でした遊びや、パリスイのような街中と静かな田舎の違いについて。

不思議と、フェリクスの口からミレーヌの話が出ることはなかった。

子供の頃、よく仲良く遊んでいたと子爵から聞いていただけに、彼女の話が一切出ないのは少々不思議に思わないでもない。

口下手でこそないものの、フェリクスは決して饒舌なタイプではない。

時に、沈黙が続く時間もあったけれど、それは決して気まずいものではなかった。

リオネルのように、さらりと女性を褒めたり、口説いたり。

そういった駆け引きをしない――しようとさえ思わないタイプだということが美鈴にもだんだんと分ってきた。

そんな「男」を感じさせないフェリクスの振る舞いは美鈴にとって心地よいものだった。

『女性が、嫌い』

数日前、美鈴にそう告白した時の思いつめたような表情は影を潜め、柔らかくリラックスした表情を浮かべたフェリクスを見ていると、先日の出来事はいったい何だったのか――あれは、本気で言っていたのではなく、単に虫の居所が悪かっただけなんじゃないかと思えてしまう。

「女」が嫌いな男と「男」が苦手な女――。

二人のことを何も知らない他人が見れば、恋人同士と錯覚しただろう。

でも、実際のところ二人の間には距離があった。当人同士が気づいているかは別として、お互いがお互いを傷つけることのない、ある一定の距離をとって二人は向き合っているのだった。

「こんにちは! ミレイ様、フェリクス様!」

ルクリュ家の敷地に戻ってきたとき、ちょうど馬の世話にやって来たラウルと行き会った。

「ラウル。ご苦労様ね。いつもありがとう」

輝くような笑顔で二人に笑いかけると、ラウルは馬小屋の方に駆けてゆく。

馬たちの方でも面倒見のよいラウルに会えるのが嬉しいのか、馬達がざわつき、高くいななく声が聞こえてきた。

「そういえば、午前はいつも乗馬の練習をされているそうですね?」

美鈴に続いて紅茶がセットされたテーブルにつきながら、フェリクスがそうたずねた。

「ええ、こちらへ来てから練習をして……最近やっと一人で乗れるようになりました」

実際、毎日の稽古の甲斐あってか、美鈴の乗馬技術はこの数週で大分進歩していた。

夏の午前中、屋敷の近くに広がる草原で爽やかな空気の中を思う様に馬を走らせるのは中々爽快なものだった。

「そうですか……それは」

すばらしい、そう言ってからフェリクスは何かよいことを思いついたような顔で美鈴を見つめた。

「遠乗りに……行きませんか。せっかく馬に乗れるようになったのだから。少し遠くまで行ってみるというのは」

「遠乗りですか……」

美鈴の目が宙を泳ぐ。まだ、そこまで自分の乗馬技術に自信があるわけでもない彼女はフェリクスに即答することはできなかった。

「ゆっくりと走ればいい。私がお助けします」

少し考えた後、美鈴は頷いた。

「……では、ご一緒させてください」

その答えを聞いた瞬間、フェリクスの端正な顔が喜びで綻んだ。