――気にしていては、駄目。あんなの、ただの悪ふざけなんだから……。

 何度もそう自分に言い聞かせ、忘れようとしているのに……リオネルに会わない日が続けば続くほど、彼のことを考える時間が多くなっている気がする。

 それは美鈴にとって初めての経験だった。


 田舎に滞在するようになって一週間ほど経った、ある日の午後。

 ジャネットの弟のラウルを伴って美鈴は日課である乗馬の練習をしていた。

「お嬢様、やっぱり上達が早いですよ! もう少ししたらお一人で乗れるようになれますよ」

 美鈴が乗る馬の前方に立ち引き綱で誘導しながら、ジャネットの弟のラウルが美鈴を見上げて笑いかけた。

 長女であるジャネットのほか5人の子供たちがいる彼女の実家は、代々ルクリュ家の屋敷の管理を任されている近在の村の農家だ。

 ラウルはジャネットの年の離れた弟で今年17歳。

 スラリと背が高く赤みがかった金髪に利発そうなブルーの瞳の少年はジャネットの自慢の弟だった。

「……ありがとう、ラウル。このコの気立てがいいからよ。賢くていい馬ね」

 ジャネットの家で一番、いや村で一番良い馬をあてがってくれたのが、美鈴が今乗っている薄いグレーの芦毛の馬だった。

 馬に乗るのはもちろんはじめて、生き物に触れる事すら慣れていない美鈴も、温厚な性格のこの馬には直ぐになじむことができた。

 牧場を横切り、木立を抜けて、草原へ……。

 ゆったりとした歩調の馬に揺られながら、目の前に広がる美しい自然を目の当たりにしていると、パリスイの街の喧騒が夢のように思えてくる。

 この世界に来て数か月……貴族令嬢として生きるため、習い事や婚活に忙しい日々を過ごしていた美鈴だったが、こんな風にのんびりと過ごす時間を持てたことに心から感謝していた。

「……? あれは、なあに?」