もったいなさすぎる……美鈴は心からそう思った。

 こんなことを言って……いいのだろうか? 

 私は婚活をしているはずじゃ……フィリップの結婚する気が削がれてしまったら、どうするの?

 頭の中にいるもう一人の冷静な自分がそう言っているのが聞こえる。

 しかし、目の前のフィリップの誠実な人柄やひたむきな思いを知ってしまった今、自分の利益のために彼の心を婚活に向けようなどとは考えらえなくなっていた。

「ご両親には、『独身の内に見聞を深めるため』とおっしゃればいいことです。こんなチャンスは滅多にないと思いますわ」

 婚活中の、令嬢――そして、目の前の相手はお見合いの相手……しかも伯爵家の御曹司。

 自分の立場を忘れてしまったかのように、気づけば美鈴はリタリア行きを可能にする具体的な方法まで熱弁してしまっている。

「まずは教えを乞いたいというその方にお手紙を書いて……伯爵家の家名をもってすれば、それも叶うでしょう。もしリタリアでも有数の彫金師に認めていただけるようなら、きっとご両親も許してくださるのでは?」

 美鈴の熱のこもった言葉に、驚いた様子でぼうぜんと彼女を眺めていたフィリップがふと我に返った。

「貴女の言う通りだ……!」

 フィリップは真剣な顔で何度も頷いた。

「何もしないまま、終わるのは僕も嫌だ……。リタリアに、行ってみることにするよ」

 さきほどとは打って変わり、自信と希望に満ちた顔つきでフィリップは颯爽と立ち上がった。

 ……ああ、むざむざ、伯爵家の御曹司との結婚のチャンスを……。

 そう悔やむ気持ちがないわけでない、しかし、美鈴はなぜだか晴れ晴れとした気分だった。

「ミレイ殿……ありがとう! 君が、僕に勇気をくれたんだ」