まるで重大な秘密を告白するかのように、フィリップは小声で美鈴に告げた。

 まさか、これほどの腕前の持ち主だったとは……。

 端正に彫り上げられた中央部のバラも、蓋部分に入れられた透かし彫りも、熟練の職人の手によるものかと思うほど美しい仕上がりだった。

「フィリップ様が……ご自分で?」

 美鈴の問いにピクンと肩を震わせると、フィリップはもう一度こっくりと頷いた。

「凄い……! フィリップ様には才能があるのですね。こんな見事な細工ができるなんて」

「いいえ! 尊敬する人に比べたら私など、まだまだです。それに……」

 もじもじと身体を軽く左右に揺すりながら、フィリップは小さな声で呟いた。

「貴女に……こんなことをお話ししてよいのか……でも、本当のところ」

 意を決したような表情でフィリップは美鈴を見つめた。

「早く……身を固めることを父は望んでいます。でも、本当は……リタリアに行きたいのです」

「リタリア……!」

 絵画をはじめとした芸術家、著名な工芸家を多く抱える隣国のリタリア。

 フランツ王国からも貴族の青年達が教育の最終過程として訪れることがあるというが――。

「リタリアに行って……私の作品を見てもらい……教えを乞いたい方がいるので、でも」

 夢見るような瞳を上げて、フィリップは天を仰いだ。

「きっと……無理なんです。僕は一応長男だし。才能だって、大したものではないかもしれないし……」

 淋しそうなフィリップの横顔を見つめていると、美鈴は胸の中にふつふつと何かがこみあげて来るのを感じた。

「フィリップ様……自分の気持ちに素直になってくださいませ」

 驚いたようにフィリップが顔を上げて美鈴を見た。

「……せっかく、素晴らしい才能を持っていらっしゃるのに。諦めるなんて……!」