「せっかくですから、少しその辺を歩きませんか? 良いお天気ですし……」

「光栄ですわ。ぜひ、ご一緒させてください」

 ……ここまではあらかじめ打ち合わせたシナリオ通り。

 この後、メインストリートから少し脇道にそれた場所にある、丸い屋根を備えた円形の東屋へ向かうことになっている。

 二人がゆっくり話せるように、伯爵家の人間が人払いをしているはずだ。

 丸い小さな池の脇に立つその東屋は小さな階段を数段重ねた上に建てられており、10本の柱が天蓋を支えている。

 内部には椅子が配されており、座ってゆったりと時を過ごすのにうってつけの場所だった。

 フィリップにエスコートされて東屋につくと、美鈴は椅子に腰を下ろした。

 緑の木々が茂り、小鳥の鳴き声が聞こえてくる穏やかな午後。

 向かいに座るフィリップの穏やかな笑顔にたわいない会話。

 ……愛とか、好きだとか、そんなことだけが結婚の条件じゃないわ。

 美鈴はここ数日間繰り返し考えてきたことを反芻する。

 愛はいつかは冷めるもの。

 自分はそのことをよく知っている。

 愛のある結婚なんて求めないし、激しい感情は要らない……。

 それが、元の世界でまったく結婚に興味がなかった美鈴がこの世界で見出した結婚観だった。

 事実、貴族社会の古いしきたりでは、結婚は当人の結びつき以上に家と家同士のそれであったし、本人の意思などは結婚についてまわる家格や富の問題に比べたら取るに足らないこととされていた。

 その点、目の前のフィリップは家柄は申し分なく、人物評も悪くない。

 ただ、奥手な性格と女性に対する興味の無さで婚期が遅れていた……ということだが。