それから三十分ほど後。

「それでは、お嬢様、お先に失礼いたしますわ。リオネル様、お嬢様を頼みましたよ」

 ジャネットは軽く礼をすると、辻馬車に乗り込んで屋敷に戻っていった。

「では、俺達も行こうか」

 リオネルと美鈴がルクリュ家の馬車に乗り込み、向かった先はブールルージュの森。

 先日のように並木道に向かうのかと思っていた美鈴は、リオネルの御者への指示で馬車が神殿へと向かっていることを知った。

 馬車道で停車し、徒歩で小路を数分歩くと、そこに現れたのは天井を支える何本もの石柱が美しい神殿とそれを取り囲むバラ園だった。

 美しい真紅のバラが咲き誇るその場所は多くの人賑わっていてもおかしくないほど魅惑的な場所であるのに、二人が訪れたその時には人影もまばらだった。

 バラの香りに包まれたその場所で、緑の茂みと赤いバラ、静謐な雰囲気を湛えた白い神殿が青空の下に見事なコントラストをなしている。

「綺麗なところね。とても静かで……」

 爽やかに吹く夏風に帽子を軽く押さえながら美鈴は言った。

「愛の女神の神殿。この街ができる前からこの場所にあったそうだ。大昔の帝国の遺跡らしい」

 現代のヨーロッパと異なり、一神教が存在しないこの世界では、いまだ古代の神々が信仰されている。

 豊穣の神、知の神、芸術の神、軍神……

 フランツ王国を含む周辺の幾つもの国を合わせた広大な領土を誇った古代帝国で信仰されていた神々が、今でも各地の遺跡で祭られている。