「堅苦しい挨拶はいいよ、テオドール」

 深々と頭を下げる紳士の長口上を、リオネルが茶目っ気たっぷりに間に入って遮ってしまう。

「そう言われても……! わざわざご令嬢が足を運んでくださっているのに、挨拶しないわけにいかないだろう!」

 彼の言う通り、上流貴族の娘は服を新調する際に自らブティックに出向くことはない。

 その代わりに店の方から貴族の館に人を遣って、オーダーを受け、寸法どりをするのが普通だ。

 急ぎの依頼であり、リオネルという服飾業界に通じた存在がいるからこそ、例外のような形で美鈴はこの店を訪れている。

「挨拶よりも、この間渡したデザイン画を持ってきてくれないか? 新しいドレスの……」

「ああ、あれなら、もうサンプルを仮縫いまでしてあるぞ。今、持ってくる。 ……ご令嬢、ご挨拶はまた後程」

 さっと軽く一礼するとテオドールが店の奥に足早に消えていく。

 リオネルは二人を上品なエンジ色のソファに座らせると、すでにテーブルの上に用意されていたポットのカフェをカップ注いで二人の前に差し出した。

「まあ、用意がいいこと」

 ジャネットが感心したように言うと、リオネルはいたずらっぽく片目をつむって答えた。

「心ばかりのおもてなしさ。外は暑いからな、冷たいカフェ・ド・クレームだ」

 しばらくの間三人でゆったりとカフェを飲んでいると、奥からテオドールが戻ってきた。

「お待たせを……。リオネル、仮縫いしたドレスだ!」

 美鈴たちの目の前で広げられた包みから出てきたのは目の覚めるような鮮やかなレモンイエローのドレスだった。