俯く美鈴をじっと見詰めながら、手を貸し馬車から降ろすと、身を屈めて彼女の耳元にひそひそと囁く。

「こちらこそ……俺には、楽しい夜だった」

 それだけ言うとリオネルはニンマリと笑い、悠々と顔を上げると美鈴に続いて馬車から降りたジャネットを振り返った。

「ジャネットも、よく来てくれた。わざわざご令嬢に足を運ばせてしまったのだから、充分なおもてなしをさせてもらうよ」

 悪戯っぽくそう言うと、リオネルは二人をブティックの入り口に導いた。

 アーチ状の石造りのファサードには天使のような羽が生えた子供の像が二体彫り込まれている。

 重厚な木の扉から一歩中に入ると、そこは広々とした来客用のスペースになっており、長椅子やテーブル、そしてなによりトルソーにかけられた色とりどりのドレスが並んでいた。

 昨夜リオネルの部屋で見たものよりも、貴婦人から年若い令嬢まで幅広い年齢のために作られたのであろう様々なスタイルのドレスが陳列されている。

「まあ……! こんなにもステキなドレスがあるなんて。目移りしてしまいそうですわね、お嬢様」

 楽しそうに笑いかけてくるジャネットに微笑みを返しながら、美鈴は店の中をさり気なく見回してみた。

 来客用スペースの向こう、奥の部屋は工房になっているようで、お針子娘たちが忙しく立ち働いている。

 娘たちの中には30代くらいだろうか、とび色の髪の快活そうな紳士が混ざってあれこれと指示を出している。

 グレーのズボンに夏らしく淡いグリーンの粋な上衣をひっかけた彼は、リオネルが軽く合図をすると、急ぎ足で奥から美鈴たちのものにやってきた。

「よくぞ、おいでくださいました。ルクリュ家のお嬢様。この度は私どもの店までわざわざお運び頂きまして……」