フィリップ・ド・ドパルデュー

 美鈴に手紙を送ってきた伯爵家の御曹司の名前だ。

 その朝、ドパルデュー家の召使いが紋章入りの書状を携えてルクリュ家に現れたのはちょうど美鈴が目を覚ました頃だった。

 金モールの刺繍を施したお仕着せを着た召使いが子爵に面会を求め、子爵と夫人が応対したらしい。

 つんと澄ました様子で屋敷の内庭をしゃなりしゃなりと歩く伯爵家の召使いの後ろ姿を、ジャネットも建物の中から見ることができたという。

「ドパルデュー家といえば、ルクリュ子爵様がお仕えする伯爵家と親戚関係にあたる、立派なお家柄なのですよ」

 ドパルデュー家について一通りの説明をし終えると、浮き浮きとした様子でジャネットは美鈴にの髪を柔らかい布でくるんだ。

「きっと、子爵様も奥様も、お嬢様のことをお待ちですわ。すぐに支度をしませんとね!」

 そういうが早いか、ジャネットはテキパキと美鈴の身支度の手伝いに取り掛かる。

 繊細なレース襟の、袖がふんわりと膨らんだ空色のドレス。

 朝の衣装では、まだコルセットはつけない。ドレスといっても部屋着のようにシンプルで寛いだ装いなのだった。

「ねえ、ジャネット……。伯爵家の御曹司からの手紙って」

 ドレスを着せ終わると、今度は髪のセットに取り掛かったジャネットを振り返り、上目遣いに見つめながら美鈴は呟いた。

「そんなに……大騒ぎをするようなことなの?」