気づけば、窓の外に見慣れた街並みが近づいては通り過ぎ、馬車はルクリュ家のすぐ近くまで来ていることが分かった。

「ちょうどいい頃合いだな」

 懐から時計を取り出してリオネルがポツリとそう呟いた。

 その時。

 美鈴は、リオネルの意図するところ――彼が部屋に誘った『理由』を理解した。

 舞踏会が果てるのは深夜の2時を回ってからが通常だ。

 あまりに早い帰宅は舞踏会に娘を送り出した両親にとって気を揉むような出来事だろう。

 それを見越して、あえてちょっとした寄り道をすることで帰宅時間を『本来そうあるべき時間帯』まで遅らせたのだとしたら……。

 そこまで思い至った時、美鈴はそっとリオネルの横顔を見上げた。

 さきほどのことがあったためか、心なしか緊張した面持ちで真っすぐ前を向いている。

 ルクリュ家の召使いによって門扉が開かれ、屋敷の中に馬車が乗り入れるその瞬間。

 美鈴はそっとリオネルの燕尾服の袖をつまんだ。