「すまない、ありがとう南くん」


その時、そう言ったのは私の父だった。


「ありがとう南くん」


何度も礼を言う父を見て全てを察したような気がした。


南さんは、うちの父から婚姻届を役所へは提出しないように頼まれたのかもしれない。


でもだからって、伊織さまの執事である彼がこんなことをするなんてすぐには信じられない。


「南、それをこっちへよこせ」


「いえ、これは南が預からせていただきます」


「よこせと言ってるんだ」


「いえ、たとえ伊織さまといえど旦那さまの許しを得ず結婚させてはいけないと、判断いたしました」


「おまえっ、俺を裏切るのか?」


イオくんは拳をギュッと握りしめ怒りで震えているように見えた。


「伊織さま、私はあなたの執事ですがあなたに雇われているわけではごさいません故、勘違いなさいませんように」


「なっ、おまえっ」


頬を赤らめるイオくんは、完全に南さんにやり込められている。


もともと理屈でかなうような相手ではない。


「見損なったぞ、南」


悔し紛れにでた言葉も南さんには届いていないかのように平然と見返されるだけだ。


私はあまりのことに、ビックリして腰が砕けた。