それにしても振り返りもしないなんて。


「伊織さまっ」


なんだろう、この気持ちは。


ホッとする反面ガッカリしている自分がいて、わけがわからず困惑する。


遠ざかるその背中に小さく呟いてしまったら、彼は立ち止まって振り返ってくれた。

あんな聞き取れないくらいのささやきが、彼にはちゃんと聞こえたみたい。


「どうした?」


「なんでもありません」


「でも、泣きそうな顔だぞ」


「・・・」


「俺のせいか?」


「違います、だけど伊織さまはやっぱり意地悪です」


おかしいけど、この時彼に少し腹を立てていたのかもしれない。


「は?いま俺、かなり優しい言葉をかけたつもりだぞ」


「そ、そうかもしれないけど」


ここで、さよならしようなんて、お屋敷には帰らなくてもいいだなんて、伊織さまにとって私はその程度なのかな。