僕たちが大広間の前まで来ると、廊下でじっと大広間を覗いているムガイがいた。すごく真剣な表情だ。
(どうしたんだろう?)
声をかけようとすると、大広間の中から、声高に咎めたてる声が聞こえてきた。
「兄上! ご了承ください」
覗き見ると、青説殿下が王に懇願するように進言していた。
「いや。他に方法があるはずだ」
紅説王は困ったようにしながらも、殿下の進言を跳ね除けた。殿下の隣にいたマルも、援護射撃を送る。
「青説様。まだ早計ですよ。第三の魔王を創ってそれに見合う器を捜すよりも、方法はまだあります。試してない実験だってあるし」
「円火。各国の要人から、魔王を創るのに必要な材料の協力はするという声もあるんだ。今度は条国の人身を差し出さなくても良いという国さえある」
「そんな言い方をするな、青説」
王は、殿下を強い口調でたしなめた。人の命を、材料だと仰ったことが許せなかったんだろう。他国の者の命でも平等に扱おうとなさる。紅説王は今も変わらずお優しい。
でも、残念ならがら民をそう見る役人は多い。殿下は他国の者しかそういう目で見られないけど、自国の者すら下民は人ではないとする者はいる。ルクゥ国からの書簡でもそう記載されていることは普通だった。僕のところにも〝材料〟は用意するから紅説王に魔王の制作を進言しろって書簡が届くことがある。
狡賢くも頭の良いやつは、もう気づき始めてるんだろう。魔竜の真の目的に。
そう思いつつ、本当は魔竜の真意は分からない。でも、神を崇めて安心できるほど、僕らは信心深くなく、世を知らないわけじゃない。出来うる対策は講じておきたくなるんだ。
「ふん!」
後ろで、ヒナタ嬢が小さく鼻で笑う声が聞こえた。
彼女のことだ。貴族や王族の身勝手な考えを、くだらないと一笑したんだろう。
「では、一体いつまで試せば宜しいのですか」
殿下は責める口調で尋ねた。マルは王の顔を窺って、王は考えるように口をつぐんだ。そして、
「少し待ってくれ。人の命を犠牲にしなくても方法はあるはずだ」
「これまでだって、多少なりとも実験によって命は消えております。〝条国の〟ですよ」
殿下は王を鋭い瞳で見て、深くため息を零した。
「言い過ぎました。失礼します」
深く叩頭し、殿下はくるりと踵を返して、不快感あらわに眉間にしわを寄せて出て行った。
胃が痛そうだ。
殿下は条国の民が大事。王は条国以外の民も大事。一国の主としてどちらが正しいのかは分からないけれど、どっちも誰かを慮っている。
僕はメモ帳を取り出して、すらすらと先程のやり取りを書き留めた。
ふと顔を上げると、殆どの者が入室する中、ムガイが殿下が去って行った廊下を感慨深げに眺めていた。
僕は部屋に目を向けた。
残された王は、疲れた表情で眉間に指を押し当て、マルはおそらく会議の場で発表されるであろう札に目をやって、嬉々と目を輝かせていた。