「王に報告申し上げる。討伐隊、三十人中、ここにいる五名を残し、全滅致しました。魔竜はほぼ無傷で、生きております」
「嘘だろ……」
 僕は思わず呟いていた。討伐隊は、精鋭部隊だ。条国の王族は選りすぐりの者が選ばれていたし、何よりあんなに強い燗海さんとヒナタ嬢が倒せないどころか、相手が無傷だなんて、ありえない。それに――。

「魔王がいるはずだろ?」

 僕の疑念は無意識に口から飛び出た。燗海さんのみならず、皆の視線が僕に集まる。そんな中、燗海さんは口を開いた。

「魔王は、吸収されてしもうた」

 僕は自分の耳を疑った。今なんて言った?

「ワシらは、魔竜を退治しに向った。おそらく、魔竜はこの二頭が最後であったと思う。魔竜の目撃は、もうその地域にいる二頭しかあげられてなかったからな。いつも通りに、一頭をワシとヒナタで倒し、もう一頭を倒そうと魔竜の口に魔王を放ったんじゃよ。じゃが、そこで予想だにしないことが起きたんじゃ」

 燗海さんは悲痛を隠すように、眉を顰めた。僕は、燗海さんを見据えながら、時折メモ帳に目線を落として速記する。

「魔竜は滅びるどころか、どういうわけか、能力を得てしまったのじゃ」
「能力を、得た?」

 怪訝に満ちたアイシャさんの質問に、燗海さんは頷いた。

「やつは、魔王を口にした途端、氷の槍や、重力を操りだしたんじゃよ。そして、あの魂を吸い出す咆哮と能力を武器に、ワシらを襲ってきおったわ。ワシが今回やつにしてやれたのはこのくらいじゃ」

 燗海さんは手に握っていた黒い物体を畳の上に放った。
 それは、魔竜のどこかの皮膚だった。
 ピンク色の肉が裏側に張り付いている。

(じゃあ、やっぱりヒナタ嬢のあのケガは、魔竜にやられたのか)

 僕の背筋をぞっとした悪寒が走った。
 あのときの、死に掛けた記憶が脳裏に蘇ってくる。

 咆哮だけでもあっという間に動きを封じられ、瞬く間に命を刈り取られるのに、その上、能力まで身につけたら……。

 僕の頭に、絶望の二文字が浮かんだ。
 それは多分、この大広間にいる誰もが過ぎったことだろう。
 重苦しい沈黙が、それを物語っていた。