「確かに五年間で数多くの魔竜を滅ぼしてきたが、油断は禁物じゃぞ」
「……あたしは正直、つまらない」

 それだけ言って、ヒナタ嬢は黙り込んだ。
 燗海さんは困った孫娘を見るような目で見て、微笑んだ。

「血がたぎらんか」
「ああ」

 ヒナタ嬢は静かに頷いて、「ヒリヒリしないんだ。これなら戦場の方が遥かにマシだ」と言った。

 僕は深くため息を零す。
 ヒナタ嬢はまったく変わらない。

 相変わらず戦闘狂で、相変わらず無遠慮で、自己中だ。
 僕が思わず彼女を睨んでしまった理由もそこにある。

 僕はこの五年、魔竜討伐に出来る限り加わり、後方でひっそりと邪魔にならないように見学しながらメモを取っていた。彼女はその間ずっと、つまらない。意味ない。もっと血湧き肉躍ることがしたいとぼやいている。

 彼女がそういうことを言うたびに、ぴりっとした緊張感が場に漂うんだ。燗海さんはともかくとして、結界師の役目として同行してくれている条国王族の方々は、あまり場を乱したり、和をかく言動に慣れていないのか、どうしよう――大丈夫かな? といった雰囲気がそこはかとなく流れるのだ。

 御国柄なのか、特に兵士はそういう傾向が強く出る。
 今日は洞窟が深すぎ、入り組んでいるという理由から、外で二十五人の兵士が待機しているから良いけど、いつもはヒナタ嬢がそんな言動をするたびに不安げな空気が流れていた。

 ただ、今では皆それがヒナタ嬢という人間だということは分かっているから、何度か一緒に行動したことのある兵士や、王族の方に差し障りはなくなったけど、愁耶さんと彪芽さんは今回の任務が初めてだった。

 僕は幾度となく繰り返されたこの空気にうんざりしてしまっていた。
 まあ、戦闘狂である彼女がつまらなく思うのも分からなくはないんだけど、もっと協調性を持って欲しいよなぁ。
 そう思ったとき、洞窟の奥から低い唸り声が聞こえた。

「いたか」

 ヒナタ嬢の瞳が鋭く光る。一気にスイッチが切り替わったのがわかった。何だかんだ言っても、戦いとなれば彼女は何であれ嬉しいのだ。

「やれやれ……」

 僕は呆れながら低声で呟いた。
 ヒナタ嬢は舌なめずりし、うずいて堪らないという表情をする。それを見た愁耶さんと彪芽さんが唾を飲んだ音が聞こえた。

(あ~あ)
 
 僕は心の中で哀れみを込めて嘆息する。
 今の彼らには妖艶で魅惑的に見えたであろうヒナタ嬢の顔面も、僕にしてみれば彼らが抱いた淡い想いが砕け散るカウントダウンにすぎない。

 一気に奥まで駆け出したヒナタ嬢を追うように、僕らは洞窟の奥へと走った。
 徐々に暗がりの中に明かりが射してきて、大きく開けた場所がある。縦穴の底だ。縦穴は巨大で、一軒家くらい軽々と飲み込んでしまえるほどの大きさだった。