誰かが呟いた声が聞こえて、僕は顔を上げた。

 さっきまで魔竜がいた場所には、もう何もない。
 魔竜が背にしていた木々や僕らの周辺にゴロゴロと黒い皮や、薄ピンクの肉片が転がっているだけだ。

 木々の青々とした葉が真っ赤に染まっているさまは不思議に映るが、同時になんだかとってもえげつない。
 その真上に、白々とした小さな太陽が浮かんでいる。魔竜を倒した魂の塊だ。
 
 僕は声の主を探してきょろきょろと首を振る。
 すると、紅説王が肉片を手にして僅かに微笑を浮かべていた。

「この脂身によって、衝撃を吸収されていたんだな」
「厚い皮で衝撃を跳ね返し、脂身で吸収する。じゃから、魔竜は並の攻撃では無傷でいられるわけですな」

 僥倖だというように瞳を輝かせた紅説王に、燗海さんが話しかけた。

(へえ……そうだったんだ)
 僕はまだ呆然とする頭で、ぼんやりと思った。でも、次の瞬間覚醒した。

「いや、そうじゃなくて!」

 僕は声高に叫んで、立ち上がった。
 まだ足が震える。僕は足を動かして王のところへゆっくりと歩いていった。まるで亀みたいに遅いけど、これ以上のスピードは、今は出せそうにない。

「王、これってどういうことなんですか? 魔竜はどうして死んだんです?」
 僕が詰問すると、横から低くてよく通る声が同意した。
「それは是非とも、俺も聞きたいですね」

 顔を向けると、いつの間にか陽空が僕の横に並んでいた。
 その隣には、無表情のヒナタ嬢もいる。何も発しないけど、どうやら彼女も気になるみたいだ。

 王は燗海さんを促すように見た。燗海さんは静かに頷く。

「王にな、今度魔竜が現れたら魂の塊を体内に入れてみてくれと言われとったんだよ。さっきな」

 僕は燗海さんと王が話していた場面を思い出した。さっき二人で話していたのはそのことだったんだ。

「それで、早速実践してみたんじゃ。魂の塊を投げて魔竜に食わせたのよ。そしたら、ああなったというわけじゃ」
「へえ」

 どことなく険のある声音を出したのはヒナタ嬢だった。きっと、彼女の事だ。自分がやりたかったとか、自分の手で倒したかったってとこだろう。

「何でそうなったんすかね」
 陽空が質問というよりは、突きつけるように言う。

 僕は陽空をまじまじと見つめた。
 珍しい。こいつにしては、妙に苛立ってる。

 陽空は、血でベタベタの髪を掻きあげた。もう血が乾いてきていて、髪が少し硬くなっているみたいだった。僕も自分の髪を触る。ちょっとだけパリっとした感触がした。
 紅説王は、血でまみれた顔を手で拭った。

「おそらく、魔竜は絶魂による魂の吸着に耐性を持っていたのだろう」
「だから、最初の一匹には効かなくて、ヒナタ嬢と燗海さんが倒したんですよね」
「ああ」

 王は深く頷いた。