「ヒナタさん。ジャルダ神を心酔してるって、本当ですか? もしかして、その憧れから戦場に立つんですか?」

 思わず弾んだ僕の声音を打ち消すように、彼女は僕を鋭く睨み付けた。

(まずったかな……? また僕の悪い癖が出た)

 後悔した瞬間、ヒナタ嬢は唸るように低く呟いた。

「心酔だと? そんなものじゃない」

「で、ですよね。すみませ――」

「あたしがジャルダ神へ抱いている気持ちは、心酔などと安い言葉では表せはしない。あの方の素晴らしさを、お前は知らないのか。トリネザウスとラインスロープの戦いで、あのお方は、ラインスロープ軍を打ち負かしたのだぞ。その戦いたるや、まさしく軍神の名に恥じないもので――」

 突然、ヒナタ嬢は僕の言葉を遮り、饒舌に神話を語りだした。

 唖然とする僕を見る素振りもしないで、息つく間もなく、彼女は熱心にジャルダ神へのいわゆる称賛という名の愛を紡いで行く。

 それは、この星を造ったとされるトリネザウスと、その子供であるラインスロープとの戦いで、ジャルダ神がトリネザウス軍につき、軍を率いてラインスロープ軍を壊滅させた神話だった。

 炎の化身であるジャルダの兄でもあった、天空の神ラインスロープは、空に封印されてしまい、空は空虚となり、彼が封印の中で涙すれば、それが雨となって大地に降り注ぐと謂われている。

 ヒナタ嬢のジャルダ神への賛美はパレードの列が出発し、市街を歩き回っている間も続いたけど、僕はそれを聞くのが嬉しくてしょうがない。

 彼女が語る神話が楽しかったからじゃない。

 僕はその人が何に興味があるのか、それを知ることが三度の飯よりも好きだ。だって、その人の奥底に触れることが出来る瞬間だから。

 僕は、ジュストコールの内ポケットから取り出した自作のメモ帳に、すらすらと木炭のペンでヒナタ嬢の言葉を書き記していく。神話はもちろん知っていたけど、彼女の口から語られたということが重要なのだ。

 だけど、ジャルダ神の神話を話し終えた彼女は途端に無口になり、元のつまらなそうな表情へと戻った。

 石造りの家並みが並び、石畳の道を埋め尽くすほどに集まった大勢の市民へ向けて手を振り返すこともなく、笑顔を向けることもなく、ただ遠くを眺めていた。そのアンニュイな雰囲気が、どうしようもなく人々の視線を集めるのに、そのことにもまるで興味がないみたいだった。

 市街を一周し王宮の前に停まった象から降りて、そこに用意してあった祭壇の上に僕らは立った。

 先程の神官の男が立っていて、僕とヒナタ嬢は祝福を受けた。

 長々と祝詞を聞き、それが終わると、僕らは歓喜に湧く民衆に手を振った。このときもやっぱり、ヒナタ嬢は手を振り返さずに堂々としていた。

 僕らはまた象に乗り、王宮へと続く坂を上って庭に舞い戻った。

 ヒナタ嬢は纏めた髪を解き、髪飾りを乱暴に引き抜くと、象の上からそれを地面に投げ捨てた。

 まるで、おしゃれなんてしてられるかというようだ。

 僕は、美容に無関心なヒナタ嬢と共に象から降りると、彼女に続いて謁見の間へ向った。重厚で煌びやかな扉を潜ると、連立した白い柱に導かれるように、朱色のカーッペットが敷かれ、その先に豪華な椅子に腰掛けた初老の男がいた。

 ルクゥ国の王、バルト王だ。

 緊張しながら王の許まで行くと、先を歩いていたヒナタ嬢の隣に立ち、同時に跪いた。

「うむ。此度の式典はどうだった」

「はい。この身に余るほどでございました。恐悦至極にございます」

 緊張で少し声が震える。