* * *
丘を下ると森の中を突っ切った。真っすぐに行けば、草原があるはずだ。しばらく走ると、前方から動物やドラゴンが慌てた様子で走ってきた。僕はぶつからないように馬の手綱を操る。
そうして森を抜けた瞬間、同時に、けたたましい咆哮が耳をつんざいた。
「ヴォオオオ!」
「うわっ!」
僕は小さく悲鳴を上げて耳をふさぐ。馬が嘶いて僕を乗せたまま倒れこんだ。僕は投げ出されて、地面に衝突し、肩を擦るようにしてぶつけた。強い衝撃が走ったけど、幸いなことに投げ出されたおかげで馬に足を挟まれなかった。
あの勢いで馬に圧し掛かられたら骨折してもおかしくない。
でも、そんなことを考えていられるのは次の咆哮までだった。
「ヴォオオオ!」
次の咆哮が耳を突くと、激しいめまいがした。
(なんだこれ……)
僕は全身に力が入らず、膝をついた。息が苦しい。呼吸が僅かしかできず、顎に力が入らない。だらだらとよだれが地面に落ちていく。
顔を上げられず、目もかすみ、視界にはぼんやりとしたなにかだけが映し出される。草原は目の前に広がっているはずなのに、状況が分からない。皆はどうしてる? 魔竜はどこにいるんだ?
頭が割れるように痛い。……何も考えられない。
(息が苦しい……もうダメだ)
支える腕の力もなくなって、僕はどうっと地面に伏した。その次の瞬間、
「はあ――」
僕は大きく息を吸い込んだ。
「――っ」
突然呼吸が出来るようになった肺は、急に侵入してきた空気に反応しきれずに強く押し返し、僕は激しくせき込んだ。
「ゲホッ、ゴホッ!」
ヒューヒューと、喉が鳴る。僕はそこで、咆哮が止んでいることにようやく気がついた。
呼吸を整えて、草原に目を向けた。視野を取り戻した眼は、信じられないものを映し出した。
草原の中心に、黒い三つ首の翼竜が邪悪な姿をして立っていた。
ここから、遠く離れているのにも関わらず、僕はその姿を目視することが出来る。ここからでも、大きいと感じる。魔竜はそれほどの、巨体を持っていた。おそらく、全長二七ヤード以上は確実にある。
獣脚類でこの大きさのものはいない。加えて、こいつは翼竜だ。
翼を広げれば、草原への出入り口である、後ろの森をすっぽりと塞いでしまえるんじゃないか。
ぞっとしたものが背筋を這う。
こんなものが空を飛んで、しかも続々とやってきたら、人間なんてひとたまりもないじゃないか。
こんなやつに、今までヒナタ嬢達は、兵士達は立ち向かって行ってたのか……。魔竜の巣に出向き、全滅せずに帰還したことが奇跡的に思えた。
「……ん?」
僕はふと、魔竜が動かないことに気がついた。首が三つともゆらゆらと揺れてはいるものの、飛ぶ気配もなければ、攻撃する気配もない。
僕は立ち上がって、誘われるようにふらふらと近寄った。しばらく歩いたところで、どうして魔竜が動かないのかが分かった。
魔竜の前で、紅説王が苦しげに膝をついていた。その後ろで陽空も同じように胸を押さえて跪いていた。少し離れた場所に、燗海さんも同様に顔を歪めて膝をついている。どうやら魂を吸い取る術が発動しているみたいだ。
おそらく結界が張ってあるんだろう。
皆からほんの少し離れた場所にいたヒナタ嬢は、苦痛もなく、実につまらなそうな表情で突っ立っていた。その距離は、燗海さんからおそらく三フィートも離れていない。
でもアイシャさんは集団から距離をとるように離れた場所にいた。僕は、一番近いアイシャさんに声をかけた。
「アイシャさん」