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 その日の夜。僕は、真新しい巻物にメモ帳のいくつかのメモを清書した。
 実験の様子は、立ち会ったものをさらさらと書いて、会議の様子はかいつまんで書いた。全部書いたら、巻物に入りきらないから、しょうがない。

 でも、紅説王と青説殿下から盗み聞いた話は書かなかった。
 陽空や、燗海さん、あのアイシャさんですら、自国に一報は入れるだろう。それは、当然なことなのだ。

 紅説王も青説殿下もそれは承知の上だろう。だから、会議で出た話や、参加が許可された実験の話は書いても良いのだと思う。

 でも、盗み聞いた話となれば別だ。それは僕が知りたくて聞いた話で、誰かに報告したくて記したわけじゃない。僕が知っていれば、それで良いんだ。
 バルト王から密偵の勅命が下ったわけでもないんだし。

 ふと僕は筆を止めた。
 もしもバルト王から密偵せよと命じられたら、僕はどうするんだろう。

 僕の頭に、陽空、アイシャさん、燗海さん、紅説王、マル、青説殿下の顔が浮かんだ。
 もしもそうなったとしたら、王もマルも困るだろうな。もしも殿下に見つかったら、かなりヤバイことになりそうだ。

 投獄され、死刑台に乗せられる自分が浮かんで、僕はぶるっと身震いした。

(まあ、そんな命令はないだろう)
 僕は引き攣った頬を戻して、

「よし……」

 一息吐いて、文机に手を突いて立ち上がると、小さなドラゴンが入っている籠を開けた。そのドラゴンは伝使竜(ラグラーム)と言って、全長は約四十センチ。灰色で、岩のようにゴツゴツとした肌を持つ翼竜だ。

 伝使竜の背には、巻物を入れられるホルダーを取り付けている。そのホルダーのボタンを外して僕は巻物を滑り込ませた。

 伝使竜を籠から出し、続き部屋の障子を開けて縁側へ行くと、腕を軽く投げるようにして、腕に捕まっていた伝使竜を羽ばたかせた。

 天高く飛んだ伝使竜を細い三日月が、淡く照らしていた。