「このままでは、我々の国が一番最初に死に絶えてしまいます。そしてそれを、やつらは知っているのです。弱みを知っているからこそ、やらなければならないことを知っているからこそ、列国は我らにこの実験を押し付けてきたのでしょう。兄上が発案者だということを、差し引いてもね」

 青説殿下の生真面目な表情と、紅説王の困ったような渋面が頭に浮かんだ。
「それに」と、青説殿下は冷静に付け足した。

「此度のことで、条国の死刑囚はもう残っておりません。他の犯罪者を犠牲にするにしても、そうなれば国民から反感の声は少なからず上がるでしょう。罪の軽い者もいるのですから。まあ、お優しい兄上のことですから、それも考慮しておられるのでしょう。死刑囚ですら、庇おうとなさったくらいですからね。ですが、動物を使おうにも、この国にはもう犯罪者よりも数が少ない。到底、兄上が開発なされた術を発動するほどの数は集められません」

 淡々とした青説殿下の声音の中に、僅かに皮肉が交じっていたように僕には感じられた。そして、紅説王は呻くように語調を弱めた。その声音は悲痛で満ちている。

「分かっている。他国に頼る他ないことは。しかし、囚人を要求せずとも、列国からドラゴンを含めた動物を集めれば、人間が犠牲になることはない。動物を犠牲にして良いとは言わないが、人が犠牲になるさまは、私には耐え切れん」
「それでも耐えてもらわねば困ります」

 哀願のようにも聞こえた紅説王の嘆きは、青説殿下に冷たく一蹴された。

「王よ。他国ですら、今は動物を飼育することは困難。捕まえるよう要請しても、とても五千は集まりますまい。人間を集める方が遥かに効率が良い」
「青説!」

 紅説王は、悲鳴に似た激昂を浴びせた。だが、青説殿下は歯牙にもかけないようだった。

「それは列国も認めましょう。犯罪者を差し出せば良いだけなのだから。獄にいる者は動物よりも遥かに多い」

 そこで、二人は黙り込んでしまった。おそらく、睨みあいが続いているんだろう。僕はペンを走らせるのを終えて、少し考え込んでしまった。

 条国はこの世界の中で、一番犯罪率が低く、囚人も列国に比べて遥かに少ないと聞いたことがある。

 犯罪が起こる確率が低いのは、この国の法によるものだろう。天変地異などによって飢饉に陥ったさいには、国庫を開くという法が定められている。また、ケガや病気によって仕事を失ったさいには、国がしばらくの間食べ物を配給するという制度もある。

 食う物に困らないというのは、それだけで犯罪が減る。死刑囚が五百人で底をついたというのはあながち嘘ではないだろう。

 しかもこの国では幼い頃より、命を含めた人の所有物を盗んではいけないとの教えを親や教育を受ける場で子供達に教えるらしい。僕は裕福だったからか、親にそんなことを言われた事は無いし、家庭教師にも勉強意外は教わらなかった。
 ルディアナ教ではそんなことに触れる経典はない。

 だからなのか、ルクゥ国では盗みが多い。特に孤児になった子供の犯罪が多かったし、そのまま成長して凶悪な犯罪を犯す者も多かった。盗賊や山賊になって、人や町を襲ったり。

 法も厳しいから、そういう重罪を犯した者でなくてもすぐに死刑になった。だから、青説殿下の仰った『獄にいる者は動物よりも遥かに多い』という言葉は、僕の国では当てはまる。
 耳の痛い話だ。
 僕はペンとメモ帳を内ポケットに閉まった。
 やっぱり人に必要なのは正しい教育なんだな。