* * *

 それから二ヶ月の月日が流れた。
 季節は移り変わり、春を迎えたけれど、まだ肌寒い。
 僕は薄暗い部屋の中で、上着越しに腕を擦った。

 あの日、僕はそのままヒナタ嬢の部屋へ赴いて頭を下げた。
 ヒナタ嬢は、「なんのことだ」と、一蹴して戸を閉めた。

 頭を下げていたから、ヒナタ嬢の表情は分からない。でも、彼女なりの許しだったように思えた。ただ、そう思いたかっただけかも知れないけど。

 それでも翌日からは、彼女は無愛想で不機嫌で、手持ち無沙汰の、いつものヒナタ嬢だった。少なくとも、僕を殺そうとはしないし、僕に対しても何に対しても、特に興味もないようだった。

 ただやっぱり、魔竜との戦いの話になると、瞳がぎらついて活き活きとしだしたけど。
 魔竜といえば、まだその退治方法が決まらずにいる。

 ヒナタ嬢はさっさと殺しに行けば良いものを、とよくイラついている。それをあやすアイシャさんの姿をよく見かけた。

 二人は、あの日以来どことなく距離が縮まったような気がする。
 ヒナタ嬢は相変わらず人と距離をとっているけれど、なんとなくアイシャさんと燗海さんにだけはほんの僅かに心を開いているように見えた。

 魔竜の巣で燗海さんも活躍したようだったから、そこで何かあったのかも知れないけど……。

「ああ。気になるなぁ……」

 僕は盛大にぼやいて、畳に寝転がった。
 文机にちらりと目をやる。

「返事はまだ来ないよなぁ」

 僕も魔竜討伐についていけるように話をつけてくれないかという内容の書簡を一週間前に送っていた。当たり前だけど、まだ返事は来ていない。祖国にはほんの二,三日前に届いたばかりだろう。

「……はあ」

 僕は大げさに息を吐く。
 本当だったら書簡を待っている間にも、各国の英雄達から祖国ではどんな風な暮らしぶりだったのか、どんな風に戦っていたのか、どんな物を食べていたのか、聞きたい事は山ほどあった。

 紅説王にもどうやって術を開発しているのか尋ねたりもしたかったけど、この前のことがちらついた。

 踏み入ってはいけないところまで入ってしまったらどうしよう。
 傷つけるのも嫌だったけど、殺されかけるのもごめんだ。まあ、彼らがそんなまねをするとは思えないけど。

 僕は鬱屈した気持ちを晴らしたくてもう一度ため息をついた。
 そのとき、陽光を何かが遮った。障子に誰かの影が映る。

「レテラ、ちょっと良いか」
「陽空?」

 何の用だろう。

「良いよ」

 僕が返事を返すと、陽空は障子を開けた。

「よう」
「うん。どうしたんだ?」
「ちょっと付き合えよ」
「またナンパか?」

 自分が苦い顔をしたのがわかった。この一ヶ月、何回ナンパの通訳に借り出されたことか……。本当、よく飽きないよなコイツ。
 陽空はにやりと笑いながら、「まあ、そんなとこ」と、軽口を叩いた。