「まず、第一の質問に答えよう! 魔竜・アジダハーカは、吸魂竜が突然変異して誕生したんだよ。それが数を増やして今に至るんだ」

 僕は素早くメモを取る。

「第二、第三の質問は、イエス。魔竜の研究をする前は、ここは紅説王の術の開発のみをしていたんだ。僕は、今でこそお手伝いをさせていただいてるけど、元々は王一人で、術の研究も、魔竜の研究もしていたんだよ」

「そうなんだ。すごい!」

 僕は感激しながら、速記した。きっと僕の瞳は今、輝いてる。

 僕は興奮して訊いた。

「ねえ! そもそも、紅説王の術って、なんなんだ。能力? それとも科学?」

 渋い顔をされるかもと思ったけど、そんなことはなかった。マルは誇らしげに、ぱっと顔を明るくさせた。

「条国の王族が神の一族といわれているのは知ってるだろ?」

「うん。一族全てに能力が宿るからって」

「そう。それは事実なんだよ。結界という能力を、王族の全ての者が持っているんだ。その中でも最高位、稀にしか生まれない能力者がいる。その者は、呪術者と呼ばれ、結界術はもちろんのこと、様々な能力を呪符に書き記し、力を込めることによって、その技を自在に操つれる者のことをいうんだ。紅説王はその歴代の呪術者の中でもずば抜けていて、なんと、他人にもその呪符が使えるようにしたんだ。普通、呪術は書いた本人にしか使えないのに」

「もしかして、それが転移のコイン?」

「そう。それが代表の一つだね」

 マルは、ふふんっと得意気に鼻を鳴らした。僕はわくわくしながら尋ねた。

「どうして他人にも使えるようになったの?」

「それは、王が並外れた力を持っていたからさ。自分でしか使えないものを他人が使えるようになるには、その本人にないものを補わなくちゃいけない。そもそも何故、呪術者が呪符が使えるのかというと、他の能力者よりも馬力があるからなんだ。もちろん、術式を書くには、その術の解明なんかが必要となるよ。例えば、炎を出すのなら、炎はどうやって生まれるのか、そのメカニズムを知らなければならないんだ」

「なるほど。無から有は生み出せないもんね」

 生み出せる場合もあるけどね――と、マルは付け加えるように言って、マルは続ける。

「つまり、そのメカニズムを知り、術式に起こし、呪符を描いて、最後に自分のものだという印、術の発動に必要な鍵として、氣を込める。そしてもう一度氣を込めたとき、術は発動と成る。その鍵が合わなければ、誰がやっても発動しないんだ」

「じゃあ、紅説王はその鍵を誰にでも合わせらられるようにしたんだね」

「そう、そのとおり!」

 マルは勢い良く僕に向って指を指した。

「紅説王は呪符に多く自分の氣を込めることによって、発動者が力を込めたとき、その氣を自分のものと同じになるようにしたのさ。ただ、これにはさっき言ったように、かなりの力が必要になる。普通の能力者だったら、氣の容量が足りずにこんなことは出来ない。紅説王は、容量が他の人より極端に多いんだ。だから、可能になったのさ」

「すごいなぁ」

 僕は感嘆の息を吐いた。

「でも、あの方はちょっと優しすぎるきらいがあるからなぁ」

 マルは困ったように眉を八の字に寄せる。

「レテラは、魂の塊を造りに行った?」

「行ったよ。参加はしなかったけど、見てた」

「そこに、人間もいたろ。手錠と足枷されてさ」

 マルは顔を曇らせる。

「そこまでは見えなかったけど、そんなことされてたんだ」

「うん。罪人だからな」

「そうだったの?」

 軽く言われて僕は少し驚いた。そういえば、すっかり抜け落ちてたけど、あの人達も死んでしまったんだよな。動物達と一緒に。

 そう思うと、感傷が胸をかすめる。

「そう。第一級の犯罪者たちだよ」

「そうなんだ。それじゃあ、どっち道死刑か」

「そう」

 マルは当然というように大きく頷いた。

(それじゃあ自業自得だなぁ)

「でも、紅説王は人が良いからさ。人間を犠牲にするのは最後まで嫌がってたよ。最終的に青説殿下に言い負かされてたけどさ。『国の主として、非情な決断も出来なければなりませんよ、兄上』って」

 マルは殿下の真似をして、神経質そうに、それでいて冷たく言った。

「なるほどねぇ」

 僕はしみじみ呟く。あのときのあの二人の様子は、そういう背景があったわけか。

「魔竜撲滅計画も、十年くらい前に紅説王が王子だった頃に、国際会議の場でぽろっと言ったことが発端なんだけど、ずっとこの日が来ない事を願ってたみたいだしね。表立ってそういうとこは見せない人だけど」

「そうなの?」

 僕は意外な心持で尋ねた。発足者なのに、どうしてだろう。

「ほら、魂集めるってことは、殺すってことだから」

(あ……そうか)

 僕はそこで初めて自覚した。

 あの人たちは〝死んだ〟んじゃなくて、〝殺された〟んだ。

「そっか……」

 なんとなく、微妙な気持ちになる。言いようのない、嫌な気分。

「君までそんな顔、する必要ないと思うけどなぁ」

 ぽつりと呟かれた声に、いつの間にか伏目がちになっていた顔を上げた。

「だって、いずれにしても死刑になる連中だよ。世界の役に立って死ぬんだから、ただ死刑になるより、全然有意義だと思うけど」

 マルの声音は、先程呟かれたものと同じく、どことなく感慨ないように聞こえた。

「確かに。それもそうだよな」

 僕は頷いた。死刑方法が変わっただけのことだ。どっちみち、死ぬ人間だったんだ。そう思う一方で、マルはあの人たちの姿を見てないからそんなことを言えるんだとも思った。間近で見ながら、興奮のあまりすっかりその存在すら忘れていた僕が、自分のことを棚にあげた。でも、そのときはそんなこと、微塵も気づきもしなかった。

 * * *

 僕が研究室から引き上げた頃、空はすっかり茜色だった。そして、陽光が西の空に沈みきったその刹那、城内は騒然とした。

 帰還兵が行きの半数近くに減り、千の兵士が約五百に減っていた。その全てが死亡し、もっと絶望的なことを、王は告げた。

『計画は、失敗した』

 マルの予感は、的中してしまった。