その部屋は、かなりの広さがあった。七八平方ヤードくらいはある。大型のドラゴンでも乗りそうなくらいの、大きくて長いテーブルが部屋の端から端へと続き、なにやら怪しげな機材で部屋の壁という壁は占領されていた。大きなテーブルの上にも、乱雑に物が置かれている。
それは紙の切れ端のようなものから、実験器具のようなものや、鋭い刃物など様々だ。その中に、半透明の小さなドームに囲まれて、よく判らないものが入っていた。黒こげになったそれは、渦を巻いた形をしていた。大きさは、約六インチくらい。
覗き込んだ僕に、マルは声をかけた。
「お目が高いね。僕が見せたいのはそれさ」
「これ?」
自信満々といった感じのマルに、僕は怪訝な表情で向きなおって、おかしな物体を指差す。
「そう」
マルは大きく頷いて、指で印を結んだ。すると、半透明のドームは音もなく掻き消える。途端に、あの悪臭が漂ってきた。
「臭ッ!」
僕は鼻を摘んで息を止めた。それを見て、マルはからからと笑って、再び印を結ぶ。すると、また半透明のドームが出現して、臭いはぴたりと止んだ。
「さっきの臭いってこれが原因か。じゃあ、光は?」
「光もこいつだよ」
マルは楽しげに言って、テーブルに手を突き、ドームを覗き込んだ。僕も臭いを警戒しながら覗き込む。
「これは、吸魂竜の舌のつけ根だよ。正確には、喉に分類されるね。絶魂(ぜっこん)と呼ばれる筋組織なんだ」
「へえ」
僕は、相槌を打ちながらメモ帳を取り出した。
「この絶魂が、魂を取り出す秘密なんだ」
「そうなの?」
驚いた僕に、マルは曖昧な笑みを送った。
「ただ、魂を肉体から引き外すのに、この筋組織を使ってることは判明したんだけど、どうやってなのかが、まだ分からないんだ。分析するために色々やってて、さっきはそれで爆発が起きちゃって。黒こげと悪臭はそういうわけ。まあ、爆発したことは何回かあるんだけどね」
マルは肩をすくめた。
「魂を肉体から引き剥がす方法が分かれば、魔竜を滅ぼすことも出来るかも知れないんだけど……」
マルは切迫したような表情を浮かべた。僕は首を小さくひねる。
「その計画は今、実行中なんじゃ?」
それをするために、僕は置いていかれたんじゃないか。
「そうなんだけど、失敗する可能性もあるからね」
「そうなの?」
寝耳に水だ。てっきりこの計画は成功する可能性の方が高いような気になっていた。だって、各国が手を組んでるんだ。それほど自信があるんだと思ってた。でも、マルの言い方では、失敗する可能性の方が高いみたいだ。
「何せ、初めての実証試験だからね。何があるかは分からないよ」
「そっか……」
僕は小さく頷いた。
(確かに、そのとおりかも知れない)
もしもそうなったのなら、魔竜を拝めるチャンスはまだあるって事だ。
「ところで、ここは何の部屋なんですか?」
僕は部屋を見回す。
「見たところ、実験室みたいですけど」
「そのとおり。実験室だよ。っていうか、研究室だね。ここで、魔竜やその元となった吸魂竜の研究や、術の開発なんかもしてる。転移のコインもその一つだよ。まあ、主に、僕と紅説王くらいしか近寄らないけどね」
えっ、今なんて言った?
「ちょ、ちょっと待って。えっと、魔竜の元となったって何? 術の開発って、紅説王の?
君もしてるの? 紅説王もここに?」
僕は思わず興奮して矢継ぎ早で質問してしまう。
マルは苦笑を浮かべて手を振った。
「まあ、まあ、落ち着いて」
興奮した僕をなだめて、マルは人差し指を立てて、ぴっと横に振った。