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火恋は食い下がったが、僕は頑として首を縦に振らなかった。
その内、番兵が目を覚ましそうになり、火恋は後ろ髪をひかれる顔つきで去っていった。
必ずまた来ます。そう言い残して。
でも、おそらく僕は二度と火恋に逢うことはないだろう。
火恋はまた、追われる旅に戻っていった。
彼女達が安心して暮らせる居場所が、早く出来ると良い。
(どうか、無事で)
僕はたいして信心深くないのに、このときばかりは神に熱心に祈った。
数週間後、僕は封魔書を書き上げた。
出来たばかりの巻物を閉じて、じっと見つめてみた。巻物の数は十数本に及んだが、継承されるのはきっと、簡潔にまとめたこの一巻だけだろう。
そして、僕が待ちに待った日がやってきた。
僕が死んだ日だ。
その日は、僕が封魔書を書き上げてから、僅か一日でやってきた。
僕は、食事に混ぜ込まれていた毒薬で死んだ。
それはもう、苦しかった。臓器が焼けただれるように痛くて、何度も吐いて、何度も床を転げまわって、やっと心臓が動かなくなった。
それからは、よく覚えていない。
気がついたら真夜中の薄ら寒い風が吹く屋外に放置されていた。
辺りを見回すと、そこは墓場で、墓穴のすぐ脇に僕はいた。どうやら、僕を埋めようとして、僕が息をしだしたから、仰天して墓守が逃げ出したんだろう。
僕の散々役に立たないと嘆いてきた能力は、死ぬと発動されるものだった。
死ぬといったん生き返り、一日でまた死に至る。そして、骨も残らず灰になる。なんという慈悲のないものだと僕は常々思ってきた。だって、骨も残らないんじゃ、墓も作れない。僕は土に帰ることが出来ないんだから。
だけど、こうなった今では、慈悲以外の何者でもない。
僕はあのとき、この能力に生まれて初めて感謝した。ミシアン将軍に言われるまで、思い出しもしなかったこの能力に。
僕は、改めて周囲を眺めた。
直に、憲兵がやってくるだろう。
立ち上がって走ろうとしたけど、足がぎこちないことに気がついた。まるで足が杖みたいに硬い。どうやらまだ、死後硬直が解けていないらしい。
でも、こんなところでゆったりと硬直が解けるのを待ってはいられない。僕は無理に身体を動かして町に降りた。
夜の街は人気がなく、不気味なほど静まり返っている。
僕は紙屋を見つけると、なるべく音がしないように大きめの石で鍵を壊して忍び込んだ。
幸いなことに南京錠は小さく、当たり所が良かったのか一発で開いた。
店で使うらしいロウソクとマッチ、商品の筆と墨汁、巻物を一五巻ほど盗んだ。買おうにも金はないし、時間もない。
「来世で払うよ」
僕は冗談交じりに囁いて、店を出た。
そして、町を出てすぐ近くの山中へ入った。
この山は、子供の頃何度か入ったことがあるから目的地までの道は知っていた。
夜の山は一切の光がない。星明りさえ、木が邪魔で見えない。でも、四の五の言ってられない。僕はロウソクの灯りを頼りに目的地の神殿まで急いだ。