「確かに、彼女の言うとおりですよ。タンザ将軍」
 ミシアン将軍は柔和な表情のまま、続けた。
「結界師がいなければ、魔王に結界を張れない」
 マルは「そうだ」と頷いて、強気に出た。

「良いか。魔王は聖女の体に入っていなければ無差別に命あるものを殺すぞ。魔王に近づけなければ、魔竜を操ることさえ出来ないだろう」

 嘘だ。マルと紅説王の研究を一番長く見てきたのは僕だ。他の呪符ならともかく、魔竜を操れる呪符は、多分呪術者じゃなければ使えない。だから、マルはさっき、僕にマルが火恋だと嘘をつくように目で合図を送ったんだ。火恋を死なせないために。

「聖女、あかるの体に魔王が入っていても、あかるは既に死んでいる。その肉体がいつまで持つと思う? 一年か、五年か、十年か、百年か、それは誰にも分からない。もしそのときがきて、結界師がこの世にひとりも存在しなかったら、お前らはいったいどうするつもりだ? もしもあかるの体に魔王を戻すとしても、誰が戻す? 結界師なしで魔王に触れられる者など、一人もいない!」

 マルは激しく捲くし立てた。研究を発表しているときでさえ、こんなに迫力があったことはない。今のマルに気圧されない者など、この場に一人もいなかった。マルも、まさしく王族なんだ。

「分かった。ここにいる二条の者の命の保障は私がする」

 ミシアン将軍は快諾し、初めて真顔になった。微笑まないミシアン将軍には、言い知れぬ迫力がある。やっぱりこの人は、恐ろしい人だ。敵にしてはいけない相手だ。そう、本能が呼びかけてくる。

 タンザ将軍は歯軋りを響かせたが、ミシアン将軍に促されて渋々頷いた。そして、タンザ将軍は腰に差したS字の剣を抜いた。マルは、跪いて首を差し出した。
 胸がざわつく。

「待っ――」

 駆け出そうとした瞬間、ミシアン将軍に片手で押さえ込まれた。
 マルは僕を見据えて、微笑む。眼鏡のないマルの瞳は大きく、澄んだ蒼い瞳が僅かに涙で潤んだ。

「レテラ、ありがとう」

 マルが囁いたその瞬間、マルの頭は胴体と切り離された。そして、瞬く間に陽空も乱暴に地面に伏せられて、心臓を一突きにされた。

「……っ!」
「キャアア!」

 悠南さんの発狂を聞きながら、喉元まで上がった悲鳴を押し殺した。