「ふざけるな! あの中には晃の――晃だけじゃない。人の人生の記録が詰まってるんだ! その人が死んだって、僕が死んだって、後々に残っていく、重要な歴史なんだよ! あれは、僕の命なんかより、ずっと重いものだ!」
「だが、君が承諾しなければ、重要な歴史は紡がれない」

 僕の頭は鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
(……今、なんて言った?)
 ミシアン将軍の言葉が頭を巡る。
(そうか)

 この状況下にあって、皆が生き延びる方法がひとつだけある。それは多分、皆が望む形ではないし、僕もまた本意ではない。だけど、このままでは確実に皆は抹消されてしまう。

「……分かった。承諾する」
「レテラ!」
 陽空が悲鳴めいた声を張り上げた。
「この状況の打開策はない」

 僕はぽつりと呟く。陽空は裏切られたような顔をして僕を見た。

「連合軍を打破出来る英雄がこの状況で現れると思うか? 万に一つもないよ」
 僕はわざと自嘲を漏らす。
「……やつらに寝返っても、お前、証言した途端に殺されるぞ。それに、どうせ巻物だって燃やされるに決まってる」

 陽空は真剣な表情で言った。声音には僅かに棘がある。
 僕はなるべく、冷淡な声音になるように心がけた。完璧な裏切り者に見えるように。

「僕の命は保障してくれるんでしょう?」
「ああ」

 ミシアン将軍は少しの間を開けて答えた。きっと嘘だろう。

「それに、燃やされるとしても全てじゃないさ。ここにいた十数年の記録は燃やされるだろう。でも、それ以外は残る」

 どうせ、と僕はミシアン将軍を見据えた。諦めた顔つきになっているようにと願いながら。

「そのために、町に火をつけたんだろ。それが城にも回ったと言い訳するためにな。そうすれば、誰かが研究に興味を持っても、このことを怪しんでも、調べようがないから」

「分かってるじゃないか。レテラ。君を亡くすのは、おしいと思っていた。仲間に加わってくれて良かったよ」

 ミシアン将軍は誉めそやすと、にこりと笑んだ。相変わらず、どれが本当の笑顔か分からない人だ。僕は半ば嫌気がさしてしまった。

 この人の笑顔をもう見ていたくない。だが、感謝はしている。
 ミシアン将軍は、マル達に向き直った。