「こっちに来て」

 僕はある日、廊下で火恋に腕を引かれた。あかるの死の真相を知ってから、二週間後のことだった。

「何だよ?」
 訝しがった僕に火恋は、「いいから」と短く言って、腕を引いたまま駆け出す。
「おい、何だよ?」

 困惑しながら再び火恋に問いかけたけど、火恋は答えなかった。しばらく廊下を駆けて突き当たりにある階段を上がって行く。

 最上階までたどり着くと、豪華で煌びやかな襖の前で止まった。その部屋の前には衛兵が立っている。

 何十年もここにいるけど、最上階までは来たことがなかった。理由はただひとつ。王の寝室があるだけだからだ。

「ここが、王の寝室か」

 僕は独りごちて、火恋に視線を送る。隣にいる火恋は平然としていた。無表情で立っている兵士に片手を上げると、「下がれ」と一言告げた。

 衛兵二人は頭を下げて去っていく。
 僕は怪訝に火恋を見た。火恋は僕を一瞥すると、人差し指を襖へ向ける。そっと近づいてほんの僅かに襖を開けた。

 僅かな隙間から中を覗き見ながら、手を振って僕に同じことをするように促した。僕は不審に思いながらも、中を覗いた。

 広々とした空間の奥に、巨木から造られた二つの支柱が見える。柱には蔦の彫刻が施されていて、一つには鳳凰が、もう一つには龍が彫られていた。おそらく構造的に柱はあと二つあるだろう。

 部屋の中心には大きな机が連ねられ、その上には機材が山積みになっている。中には、呪符が何十枚も放置されている机もあった。

 部屋の一番奥、少し高くなっている場所に棺が置いてある。白い棺に薔薇の彫刻。薔薇はほんのりと紅く色づけられている。あかるの棺だ。

「兄上、私の言うとおりにしてください」