「その、あ――アイシャから聞いたんだけど、ムガイのやつがさ、その場にたまたま居合わせたらしいんだわ。あかるが死んだ場面にさ」

 僕は耳をぴくりと動かした。無意識に取り出したメモ帳を見てふと、僕はこんな話題のときまでメモするのかと、僅かに自嘲が洩れた。でも次の瞬間には、そんなことは吹き飛んでしまった。

「正確には、殺された現場にな」
「……殺された?」

「そう。なんかな、街中で紅説王が狙われたらしいんだわ。それを、あかるが庇ったんだと。で、ムガイがその場を目撃して、すぐに治癒をしたらしいんだけど、心臓を一突きにされてて、即死だったみたいでさ。表面とか、細胞とかの傷は治ったんだけど、もう、心臓は動き出さなかったって。だから、自分を責めてるんじゃないか。紅説さんはさ。そういう人じゃん」

「……確かに、そうかもな」
 呟きながら、不意にあの日を思い出した。青説殿下が火恋と企てを話していた日を。

(もしかして――)
 僕はすくっと立ち上がった。

「どうした?」
「ごめん。僕行く」
「……お、おお」

 陽空が戸惑った声音を出したけど、僕は陽空を見なかった。そのまま歩き出し、青説殿下の部屋の前で足を止めた。

「失礼します」

 返事を待たずに障子を開ける。薄暗い部屋の文机の前にいた殿下は、振り返って驚いた表情をした。殿下がなんの用だと怒鳴り出す前に切り出す。

「さっき、何故あかるが死んだのか聞きました」
「そうか。私はまだ知らないが」
「本当ですか?」

 僕はわざと疑った声音を出した。殿下は不愉快そうに眉を顰める。

「何が言いたい」
「殿下。貴方は謀反を企んでいらっしゃった。そのために、王を殺そうとなさったのでは?」
「……だから、なんの話しをしている」

 青説殿下は、ほとほと訳が分からないというような顔をした。僕はまた、わざと突き放すように告げた。

「あかるは、王を殺そうとした者によって、殺害されたようですよ」
「……なんだと」

 殿下は心底驚いた表情をした。

「部下達から、そんな報告は受けていない。そもそも、私は兄上を殺そうとは思っておらん。ただ、王位から退いてくれればそれで良いのだ。我々はそのことを念頭においていた。故に、それは我々の仕業ではない。疑うべきなのは、驟雪の者ではないのか」

「驟雪の?」
「ああ。あやつらは聖女を狙っていた。一緒にいた兄上を殺害すれば聖女を手に出来ると浅はかにも思ったのではないのか。国王が一人で供も連れずに出歩くはずがないのだからな」

「それでは王は、王と知らずに弑逆されようとしていたと?」
「私に分かるはずもないが、可能性は無きにしも非ずだろう」

 確かに紅説王は普段、王とは思えない質素な服装をしている。可能性はないことはないのかも知れないが……。

 僕は腑に落ちなかったが、殿下が嘘をついてるようにも見えなかった。王が殺されそうになったと知ったときの殿下は、本当に驚いてるように見えた。とすれば、殿下の部下の早計か。それとも、別の国の者なのか。

 いずれにせよ、あかるは死んだ。あかるが死んで特をする人間は、あの時点ではこの世に誰もいない。あかるがいなければ、あの凶悪な魔竜は倒せなかったはずなのだから。

「いずれにせよ、王が狙われたということだけは、明白のようです」
「そうなるだろうな」

 殿下は複雑な表情で頷いた。

「この先も、ないとは言えないですよね」

 牽制を含んだ僕の言葉に、青説殿下は顔を曇らせて頷いた。

「そうだな。力が手に入ってしまったからにはな……」

 僕は、このときの殿下の言葉を図りかねていた。
 このとき、この条国に、まさしく暗雲が立ち込めようとしていた。それを、殿下は予感されていたのだ。